2019.06.07 up 






NR出版会連載企画 
本を届ける仕事13
 
ソウル・北京での書店めぐり
舘野 皙さん(自由寄稿家、翻訳家


 最近は「蔵書家」が社会的に無視されているようだ。「蔵書が増えて郊外に書庫を備えた家を建てた。おかげで本の整理はできたが、通勤には不便になった」などの話、以前は聞く機会があったのに、最近はとんと耳にしなくなった。むしろ、本は厄介物扱いになり、持ち主が亡くなった後の処分方法に関心が移っているらしい。
 私は蔵書家ではないが、手元の韓国・中国関係の書物は二つの部屋を埋めている。近代以降の日本と東アジアに関係する本がいつの間にか増えた結果である。中国大連に生まれ、敗戦で引き揚げ、大学では中国研究会に所属し、就職してからは日中友好協会の活動に熱中した。中国の文化大革命が収束してからは、対象を韓国に転換し、定年退職の一〇年ほど前からは、韓国文献の翻訳や本づくりをして現在に至っている。こうした歳月のなかで積もり積もった本なのだ。
 趣味は書店めぐり、散策の先は神田神保町、中央線界隈。可処分所得のかなりの部分を書籍購入に充ててきたから、本が溜まったのもムリはない。気になる書物を見つけると、入手までの時間差はあっても最終的には我が物としているし、韓国・中国・台湾に旅行すれば、いつも現地の書店を訪ねる習慣なので、帰途は入手した本の重量に悩まされることになる。
 けれども、韓国・中国関係の本だったら、何でも飛び付いているわけではない。ジャンルは歴史・政治・社会・文化・暮らし、また経済・経営・労働も。さらに、「出版関係」も漏らさないように心がけている。時期は近現代、この時期の日本との関わりを記述した書物である。
 植民地支配や戦時中の記録資料や論考、対外認識、中国(人)観、韓国(人)観、逆の立場での日本(人)観、人物評伝や事績などだったら、ムリしても購入することになる。どちらと言えば、ジャンルは「人文科学系」になるが、「文学」についても全てをカバーすることは出来ないが、重要かつ必要な本は見逃さないように心がけている。
 出版動向を大づかみにし、ジャンル別の動きや主要な本の探索に専念する。出版情報は得ていながら現物には出会っていない本、出版されていることを知らなかったわが意に沿う本を発見したときの喜びは、本好き人間でなければ分からない心が躍る瞬間である。
 国内のベストセラーや売れ筋には関心がない。内容のチェックはするが、ほとんど無視して買わない。いずれ値段が三分の一以下になるのは明らかだし、発表された「二〇一八年年間ベストセラーリスト」をみても分かるように、「質的劣化」がひどい状態にあるからだ。
 日本書については、永年の「投資」で身に付けた「勘」で、探索において大きく的を外すことは少なくなっている。しかし、韓国・中国書の場合は、どんなに事前情報を得ようと努力しても、どうしても限界があり漏れが生じるため、店内探索で滞在時間が長くなってしまう。それだけに的を射たときの喜びは例えようもない。「どうだ! とうとう見つけたぞ!」と、誰かに誇りたい気持ちになるのだ。だから私はその喜びに釣られて、書店めぐりが病みつきになり、つまらぬ観光地訪問よりも楽しいものになってしまった。
 そんな定点観測地になる大型書店、ソウルだったら永豊文庫(鐘閣)と教保文庫(光化門)。北京では北京図書大厦(西単)と中関村図書大厦(北京大学近く)と、あらかじめ行き先を決めている。この四つの書店、最近は店内改装が頻繁になり、訪ねるたびにレイアウトが変わっていて戸惑うこともあるが、店内に入って独特の雰囲気と匂いに包まれると、「またやってきました!」と再会の挨拶をしたくなってくる。
 ネット時代になって活字文化の楽しさをどう伝えるかに、それぞれ工夫を凝らしているので、その苦労ぶりも店内を歩くと伝わってくる。似ているようでどこか違うこれらの書店の中に身を置くと、顧客の活気も伝染するのか「私はいま至福のひとときを味わっているのだな」との思いに、たっぷり浸ることになるのである。


今号は、韓国や中国の出版物を日本に紹介する活動を長年にわたって続けておられる舘野皙さんにご寄稿いただきました。本紙中面には特別インタビューを掲載しています。合わせてぜひご一読ください。熱意あふれる舘野さんのエネルギーの源泉を知りたいと常々思っていました。それが叶い、さらに紙面で紹介できることができて、とてもうれしいです。(事務局・天摩)

(「NR出版会新刊重版情報」2019年5・6月号掲載)

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