2014.09.03 up 



NR出版会連載企画 NR版元代表インタビュー9
お前は本当にためになる生き方をしているか?
日本経済評論社(代表 栗原哲也氏)


 NRのなかでも特に専門的な経済書を扱う日本経済評論社は一九七〇年創業。既に刊行されている私家版の社史『私どもはかくありき』(二〇〇八年)、同社のPR冊子「評論」のエッセイをまとめた『神保町の窓から』(栗原哲也著、二〇一二年・影書房)をもとに、その成り立ちと歩みをうかがいました。


――一九四一年生まれ、既に五〇年以上出版にかかわってこられた栗原さんに「なぜ出版の道を選んだのですか」とお聞きするのは間が抜けている気がするのですが、『私どもはかくありき』の序文に「あなたはどうして出版社に居続けるのかと聞かれても、答えられる者はいまい。書き手も、売り手も、作り手も確たる理由があって、存在し協同しているわけではない」と先手を打たれてしまいました。

 小社のつくっている本は専門書であり、学者、専門家向けです。研究者にとっては、論文を発表する場所がなくなってしまったら困るわけです。社会経済史学会、経営史学会、農業経済学会、などが主な学会ですが、先生は重なっている。つまり、大量には売れない、従ってどうしても高定価になってしまう。両者で支え合って、うちもつぶれないから、そっちもしっかり研究してくれよという関係で、その学会にとってなくてはならない出版社として在り続けようとしているのです。

――出版に到るには、大学時代に理由があるような気がするのですが。

 明治大学文学部で歴史を学んでいて、木村礎先生の推薦で文雅堂銀行研究社に入社、「銀行研究」という金融専門雑誌に配属され、大蔵省や三菱などの銀行を回っていました。当時は銀行に学才ある人がいた。商売人ではなくて、人を導けるような素養がある、そういう人が多かった。創業初期の著者は「銀行研究」を通して知り合った人たちです。

――営業の先輩と「自分たちで会社をつくり、好きな本を出して食っていこう」と独立したのが七〇年。それから一〇年目に起きた倒産寸前の経営危機、代表の交代、倉庫の火事まで、読むと息が苦しくなるような事件の連続でした。

 へんな度胸がついたね。ただ、俺をへこたれない男にしたのは六〇年の安保闘争だったと思うよ。そのなかでいろいろな連中と付き合ったことが相当鍛えてくれた。

――現在の出版状況は。

 今年で創業四十四年、出版点数は累計三〇七五点。年間六〇点は出ているか。「経済」「金融」「農業」「協同」が柱になっている。手渡せる本をつくっていく。読者の顔が見えているんだから。

――だからでしょうか、あまり売れないとは嘆かないですね。

 ただ、俺が付き合ってきた著者と、現在主力の四〇代の著者(研究者)では質が変わってきたね。平和や戦争についての考え方が変わってきた。学校でいまどう教わっているかわからないけれども、研究者も変わってきた。また、本というのを情報として受け取っている。情報量として学問を考えている。学問というのは考えること、思索することだ。学問を情報の量だと誤解し始めている。夥しいコピーを取る。インターネットを駆使する。だが、コピーは他人が考えたことの集積でしかない。クイズならいくらでも答えられると思うが、思索、思考、煩悶、反省、発見した形跡がない。お利口だが、自分で考える力がない。

――自分にも当てはまるようで耳が痛いです……。

 職業や専門はちがっても、隣近所とか、愛する者とか、家族とかそういうものを考えながら生きていける世界を実現させていかなきゃならない。彼らが不幸にならないように。出版は文化産業だと気取っている奴の顔が見たい。隣の奴を考えて生きているか。困った奴を助けようとしているか。ためになる出版をしているかじゃない。本当にためになる生き方をしているかだ。著者を選ぶときは原稿はもちろんだが、そいつの考え方や人を見る。

――これからについて。

 会社をつぶす気はない。みんなでやっていることがどれだけ心強いか。いままで刊行した三〇〇〇点以上の在庫を守っていかなければならないし、会社が続いてなければ在庫も売れない。新しい著者にとっては論文の発表の場がなくなってしまう。いまも二〇〜三〇年前の本を注文してくる読者がいる。うちの本はそういう人のために待ち続けるんだ。



ギロリと睨みつけたかと思うと優しい声で「お前さんよ」と呼び、若手が生意気を言っても「そうかい」と聞いてくださる。けれども、時には啖呵を切って相手のスタンスを問う。人生の酸いも甘いも噛み分けた経験豊富な栗原節はNRの名物にもなっています。(事務局・小泉)

(「NR出版会新刊重版情報」2014年9月号掲載)

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