2024.1.23 up 






NR出版会連載企画 
本を届ける仕事32
 韓国ハンギル社の金彦鎬代表ご夫妻をお迎えして


 四月下旬、韓国ハンギル社の金代表ご夫妻が来日され、NR出版会で囲む会を行いました。長年にわたり日韓文化の交流に尽力され、執筆家や翻訳家としてご活躍されている舘野ルさんのお取り計らいで実現した歓迎会です。

 NR出版会では、二〇一四年夏に有志で坡州出版都市(ソウル郊外に出版社やデザイン会社、印刷会社、流通企業などが集まった文化産業団地)を訪れました。その際、舘野さんが親しくされている現地出版社の社主の方々や出版関係者につないでいただき、金代表と交流することができました。舘野さんには二〇一九年五・六月号で本紙にご寄稿いただき、特別編として掲載したインタビューでは、生い立ちから韓国との出会いやその足跡をお聞きしているので、あわせてお読みください。



 金彦鎬代表は、韓国の出版界を率いる第一人者です。一九六八年に東亜日報社の記者として勤務した後、一九七六年にハンギル社を創立されました。軍事政権下の抑圧の時代にみずからも投獄され、出版した本は発禁処分に遭うなど幾多の困難を乗り越えながら、著者と本と読者との連帯を築きあげてきました。一九八〇年代後半から始まった坡州出版都市の建設、また、出版文化の発展を目指して「韓国出版人会議」を創設、「東アジア出版人会議」の設立にもご尽力されました。この四七年の間にハンギル社から出版された本は数千冊にものぼるといいます。金代表ご自身もカメラを手に世界中の書店をめぐり、書店視察により得た知見を広めるために執筆活動をされていらっしゃいます。


 囲む会の冒頭で、金代表は自著を手に思いを語られました。厚さ五センチにもなる大判の美しい写真集で、本に親しむさまざまな国の人々の姿、歴史的建築に作られた美しい書店、ぎっしりと本が並べられた棚や、居心地のよさそうな本の空間が収められていました。

 参加者には、金代表みずからが取材しまとめた『世界書店紀行 本は友を呼び 未来を拓く』を贈呈いただきました。金代表の古くからの友人であり、「ハンギル社の東京営業部だ」と信頼を寄せる舘野氏による監訳で、訪れた世界中の書店への敬意と本への愛情にあふれた一冊です。二〇二一年に出版メディアパルから日本語版が出版されました。

 金代表は終始、柔和な表情で参加者からの質問に耳を傾けていらっしゃいました。今や日本でも通勤・通学途中で本ではなくスマートフォンを手に取る人がほとんどですが、韓国も同様で、昨今の若者の活字離れを危惧しておられました。

 日本の書店の現状をご覧になってどのように感じられたかという質問に、朴冠淳夫人は、書店員がエプロン姿で店頭に立ち、棚を前に真摯に働く姿に敬意を抱いたというエピソードを紹介してくださいました。

 また、同席された舘野さんは、軽やかな読み物だけではなく、さらに深く韓国社会の背景や文化を知る手助けとなる本が、これからより多く翻訳され広く読まれることを強く望んでいらっしゃることが、金代表とのやりとりから伝わってきました。

 金代表の熱量は、穏やかに発せられる言葉の端々から感じ取ることができました。売れる本を出すことだけを追い求めるのではなく、世の中に届ける価値のある本を丁寧に作り出版することを信条としていらっしゃいます。それは、NR出版会の先人たちが大切にしてきたことと通じるものでした。かつてのように、民主化を実現するために市民が本を求め、討論と思索を重ねて権力に抗う時代ではなくなった今も、隣の国で創業当時と変わらぬ価値観を大切にしながら本を作り続ける気概、文化を発展させる紙の本と書店の力を信じる金代表の思想は、私たちを奮い立たせてくださいました。

 参加したNR加盟社から韓国文学の翻訳書を贈られたとき、金代表はそのカバーを外して本の造りを愛おしそうに見つめながら、「本を愛する人は、言葉を交わさなくても表情でわかります」とうれしそうにおっしゃられました。一冊の本を通して、気持ちが通じ合った瞬間のように感じられました。




予定されていた二時間はあっという間に終わりを迎えてしまいました。金代表は、「本で結ばれた絆で、このように出版に携わる方々と親睦を深められたことがとても感慨深いです。本日は一次会ということにして、二次会は坡州で行いましょう!」と締めくくられました。(報告:現代人文社 李晋煥+NR事務局 天摩)

(「NR出版会新刊重版情報」2023年7・8月号掲載)

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