2023.3.16 up 






NR出版会連載企画 
本を届ける仕事30
 自分たちの物差しで
小野太郎さん(ルリユール書店/福岡県北九州市


 勤めていた書店を退職し、北九州市内で妻と二人で小さな本屋をしています。「ルリユール書店」という名はフランスの伝統的な製本に由来し、一冊の本を長く大切にする文化を受け継ぎたいと思い名づけました。四年前に開業しましたが、コロナ禍や店舗の老朽化により移転が続き、出張販売など店舗のない期間を経て昨年末に移転オープンしました。現店舗は古い一軒家を自分たちで改装しています。これまでも店舗の改装や修繕、積年の汚れの掃除など、自分たちでできることは家族や知人たちの助力を受け行ってきました。漆喰を塗ったり、床を張ったり、ペンキを塗ったりと売り場の土台から自分たちで作る毎日でした。

 新しい店舗は、JR黒崎駅から徒歩一五分、国道三号線から一本入った住宅街に位置しています。

 これまでも店舗の内装は妻が考え、喫茶のメニューを決めるのも妻が行っていました(現店舗も喫茶営業の準備中です)。私は大工仕事や営業中の調理・接客をし、役割分担をしてきました。細かいところまで気がつき、四季の変化に合わせてお菓子やジャムや果実のシロップなど作り出す妻の仕事は、紙の本が伝えてくれる豊かな時を演出するにあたって力を発揮してくれています。

 選書も二人で行っています。私は日本文学や人文書、妻は海外文学や暮らしの本といった大まかな担当はありますが、基本的に二人で仕入れる本を決めています。二人とも文学や思想の本の販売に力を入れたいと思っており、移転してから硬めの本へのお客様の反応も上がっている感触があります。昨年末には渡辺京二さんが逝去されたため、当店では著作ガイドを作り追悼フェアを二カ月間行いました。これまで著作に触れてきた方から初めて読む若いお客様もいらっしゃり、丁寧に本を届けることの大切さを実感しています。

 一方で、これまでの店舗や出張販売で感じてきたのは、装幀や写真・絵が美しい本、大人の絵本といった、手元にあることでリラックスできる本を求める声が多いことでした。今は本を手に取る余裕のないほどせわしない世の中になり、本と触れ合う時間を作るという点では書店の目につきやすい場所にそういった本を置くということは大切なことだと思います。

 昨年の出張販売ではカフェや雑貨店、花屋などにその店に合った本を選書して持っていきました。フランス関連の本やファンタジー、花の本など重点的に調べたのは自分たちにとっても勉強になりました。選書した本だけを並べるスタイルの書店が北九州市近辺には少ないこともあり、良い本に出会いたいという方が潜在的にたくさんいらっしゃることをお越し下さったお客様から強く感じました。

 他にも「本の定期便」という選書サービスを行っています。事前にアンケートに答えていただいて毎月・隔月などで本をお送りするものです。大きな書店に行っても何を読んだらいいか分からない、自分で選ぶだけだと読書が偏る、お子様の本を選んでほしいなど様々なご要望があります。選書に時間はかかりますが、東北や関東からもお申し込みいただき、継続される方が多く、時には手紙やメールで感想を送って下さりとても励みになります。こちらも夫婦二人で硬軟取りまぜ選書しているので、そこも喜んでいただける理由かと思っています。

 また、昨年からは山口県光市室積で「思季の本」と題したプロジェクトのキュレーションをさせていただいています。セルジュ・ラトゥーシュの『脱成長』の訳者である中野佳裕先生による企画です。江戸時代建造の旧和菓子店の中で「オブジェ」としての本の魅力を感じてもらう試みです。地元の女性たちによる町おこしの中心となっている趣ある建物の中で、季節に合わせて選んだ美しい本を展示しています。

 今は本も見た目に大きく左右される時代なのだということを強く感じます。以前はあまり気にしていませんでしたが、中身があればよいという考え方だけでは情報も本も溢れかえっている世の中ではお客様は本に手が伸びにくいようです。その点、古典や今も読み継がれる名著が編集や装いを変えて新たに出版され、専門書でも装幀に工夫を凝らしている本があることは読者層を広げ、より多くの人に良い本を届けるという大切な役割をはたしていると思います。ただ、「映えれば」それでよいのかという訳ではなく自分たちの物差しで本をおすすめしていきたいと考えています。中身と美しさと両方に目を向けて、フェアやイベントなど交えながら文学や人文書を多くの方に手に取っていただけるよう努力して参ります。



2019年8月、大型書店に勤めていた小野さんは、渡辺京二さんの『夢ひらく彼方へ』に心を打たれ、著者サイン本を販売したいと亜紀書房を通して相談しました。渡辺さんは快く応じてくださったそうです。サイン本のお礼状を亜紀書房が届けたことから、おふたりの間で手紙のやりとりが始まりました。渡辺さんからの最後の手紙に書かれていた、「ちゃんとした本屋が在るということは、今の世の中で最も大切なことです。それは連帯の拠点であります」という言葉を胸に、再出発された小野さん。1月22日付の西日本新聞で詳しく紹介されています。(事務局・天摩)

(「NR出版会新刊重版情報」2023年3・4月号掲載)

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