2022.12.30 up 






NR出版会連載企画 
本を届ける仕事29
 本屋という場所を続けるために
益子陽介さん(ブックエース成田赤坂店/千葉県成田市


 二〇二二年一〇月一六日、四年間勤めた「TSUTAYA LALAガーデンつくば」が閉店しました。施設の契約満了に伴う閉店でした。

 書店閉店の記事は、必ず「出版不況」という言葉とセットで目にします。私はこの時やっと、閉店にも千差万別の事情があるのだなと実感しました。この店舗も、最後まで支持され続けたからです。だからこそ、自分の力が及ばないやるせなさや悔しさも残りました。

 営業最終日までたくさんの声をかけてもらいました。中でも印象に残っている言葉があります。

 「あまり本を読んでこなかったんだけど、ここに本屋ができてから、この作家を読むようになったのよね」

 レジで朗らかに言われたにもかかわらず、何か取り返しのつかないことをしてしまったような感覚を覚えました。初めて言葉を交わしたお客様で、とくに関心を寄せたことのなかった作家の本なのに、なぜ引っかかるのか。

 それは、そのお客様を通して、無数の「本を読む人」が見えたためです。

 雑誌を定期購読している人。

 シリーズものの発売を楽しみに待つ人。

 何となく立ち寄った人。

 さまざまな思いを持ちながら、あるいは持たないまま、本屋に来てもらえること。その方々の来店の理由には必ず次の言葉が含まれます。

 「本屋があるから」

 このお客様は、おそらく店舗の近くに住む方だったのだろうと思います。「本屋ができてから本を読むようになった」という、そのお客様の読書という習慣にもう寄り添うことができなくなってしまったことが無念でした。

 閉店の実務作業自体もしんどいものでした。コツコツと販売冊数を積み上げてきたおすすめの一冊を返品しなければならない……。

 毎年恒例で実施してきたお気に入りのフェアに来年は参加できない……。

 本を手にすると訪れる感傷的な思いを振り払いながら、作業に没頭します。体は疲れるのに、この労力が次につながらないというのも、当事者にならないと実感できないであろうしんどさです。

 私は売りたい本や好きな出版社が多く、そちらに目が向かいがちです。ですが、本屋の日々の業務はひとつひとつが地味で細かいものです。

 確認し、共有し、てきばきとスピーディに動きながら、ひとりひとりのお客様へ細やかに対応する。書店の現場は日々戦場で、ひとりでは到底何も実現できません。

 その点、一緒に働いていたスタッフたちはベストメンバーというにふさわしく、実質的に店舗を作っていたのは彼女たちでした。心から尊敬していましたし、誇りに思います。

       *

 私はいわゆる人文書を好んで読みます。ただ、学術的な人文書の定義は知りませんし、人文科学系の学問を体系的に学んだわけでもありません。あくまで「私にとっての人文書」が好きなのです。

 書店員になってから出会い、明確に価値観を変えてくれた一冊があります。伊藤亜紗さんの『目の見えない人は世界をどう見ているのか』(光文社新書)。タイトル通り、「目の見えない人」にとっての、ひいては自分自身にとっての世界の認識のしかたをもあぶり出す一冊です。

 冒頭、生物学者のユクスキュルが提唱した「環世界」という概念が登場します。世界の見え方は生物ごとに異なるものである。「主体」が周りの事物に意味を与え、世界を構成している。

 本屋はその世界をとらえるための「触媒(メディア)」なのではないでしょうか。

 昨日はまったく気づきもしなかった本が、今日は気になって視界に入ってくる。読み終えた本とともに、また興味関心が変化する。

 あるいは、目の前が真っ暗になり、足を引きずるように入った書店で、ひと筋の光となるような一冊に出会う。

 本だけではありません。そのきっかけはレジでのささいな会話や、何となくやり過ごした時間の中にも見つかるかもしれません。

 本や人が起点となって生まれるこうした世界と自己の変容こそが、生活の愉しさを、生きる糧を生み出しているのだと信じています。

 今後も閉店する書店は増えるだろうと思います。人口減少やメディア環境の変化は誰の目にも明らかです。ただ、私には出版業界を抜本的に好転させるアイデアはありません。

 私にできるのは、本屋という場所を続けるために、ささやかな一手を積み上げることだけです。愉しさを求める人、救いを求める人、課題を解決したい人、暇を持て余す人。どんな理由でも、何も理由がなくても、「本屋があるから」本屋に足を運ぶ人へ、本を手渡すことだけです。



配属先店舗の閉店に伴い、別の店舗に異動となった益子さん。「品揃えもまったく異なる店舗に配属となり、日々1mmずつ仕事を改善しているような感覚です。その手応えと実践の意義を、原稿を書きながら自分に再認識させているようでした」とおっしゃってくださいました。益子さんからご紹介いただいた本は、私にとっても新しい世界を拓いてくれた一冊になりました。(事務局・天摩)

(「NR出版会新刊重版情報」2023年1・2月号掲載)

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