2022.12.30 up 






NR出版会連載企画 
本を届ける仕事28
 書店は人でできている
角田耕一さん(戸田書店高崎店/群馬県高崎市


 大学を卒業後、地元の群馬で老舗の書店、煥乎堂に就職しました。学生時代、ある道でプロを目指すためにとてもお金がかかったので、一〇〇くらいの職種にアルバイトとして携わりましたが、あと少しのところで断念せざるをえなくなりました。就職のことを考えたとき、アルバイトのひとつでもあった書店の仕事をしたいと思いました。

 その時、煥乎堂の採用試験を受けたのは三〇〇名ほど。募集は三名でした。後になって聞いたのですが、会社としては女性しか採りたくない方針だったそうで、幸運にも人事に面白いやつだと思ってもらえたようでした。

 入社から三年ほどして、元リブロの今泉正光さんがやってきました。私はビジネス書の担当でした。当時の棚は、出版社ごとに本を並べる書店が多かったと思います。煥乎堂も例外ではなく、「ジャンル別に分けないでどうする!」と棚づくりのイロハを叩き込まれました。

 今泉さんは女性社員に対しても手加減なしで、よく泣かせている姿を見ましたが、お客さんの不当なクレームに真っ正面からぶつかって社員を守ってくれる、厳しくも優しい人でした。

 今泉さんからは、書店員としての姿勢を教わりました。興味を持って地道に貪欲に知識を吸い込み、仕事に活かす今泉さんの背中を見て、私もたくさん本を読んで自分なりに努力を重ねましたが、到底追いつくことはできませんでした。だから、私は目の前のお客さんの心に残ることで一番になろうと決めました。

 まだ年功序列の風あたりが強いなか、二〇代半ばで新規店の副店長を任せてもらいました。それから、群馬町店、前橋本店の店長を経て、腰痛がいよいよひどくなってきて。その頃に社長から、そろそろ現場を離れないか、と声をかけてもらって経理部門の仕事を始めました。しかし、お客さんとの触れ合いが忘れられず、やはり現場に戻してほしいと頼んだものの、辞令の直後にはすぐには戻せないと言われ、一〇年働いた煥乎堂を辞めました。

 そして、学生時代にアルバイトをしていた戸田書店高崎店に煥乎堂を辞めたというあいさつに行ったら、うちに来ないかと言ってもらって、すぐに働くことになりました。

 戸田書店高崎店で店長になってから一三年が経ちました。常連のお客さんの中には、ほかの店でほしい本を見つけても、ありがたいことにうちの店で買ってくれる方が多いようで、よくご本人からそんな話を聞きます。それこそ、NRさんのセットを置いたり、色褪せることのない本、すぐにはお金にならない本を置くことがとても大事だと思っています。そういう本は、出版することに誇りを持っていて、時代を変えたいという気概が感じられます。そして、そういう本を置くとお客さんに、「この店にはいつも面白いものがある」と思ってもらえる。

 今は、書店員がセレクトしてお客さんに提案するやり方がはやっていますが、私はスペースがあるかぎりはいろいろな本を置いて、お客さん自身に選び取ってほしいと思っています。もちろん、常連のお客さんが来てくれれば、「これ、出ましたよ」と声をかけますけれど。

 版元の営業さんとのやりとりも大切です。わざわざ遠方から店まで来てもらったら、手ぶらで帰すわけにはいかないし、会って話して顔を覚えれば、おのずと信頼感も生まれます。コロナで営業さんと直接会う機会が少なくなってしまったのは、今の若い書店員にとっては本当に惜しいことです。

 それに、一部の書店ではセルフレジなども導入され始めているようですが、コロナが引き金になったとはいえ、これでは書店の売上は減っていく一方です。書店は、お客さんとの関係性で成り立っているからです。この店は高齢のお客さんが比較的多いですが、たいていは、みなさん店に来て本を買って、話をして帰られる。自分のことを気にかけてくれる人がいる、という安心できる居場所としても機能しているのだと思います。書店は他の小売り店とは違って、いたいだけ本を眺めて過ごしてもらえる場所ですからね。

 売上が減るという点でいえば、返品を減らすために在庫を持たないようにする、という風潮が出てきているみたいですが、在庫を減らすと売上も減ります。先ほどの、すぐにはお金にならない本というのは、その本が隣にあることで別の本が売れるという役割もするから売上につながるわけで、そういった本を安易に返品してしまうと本当に売上が減ってしまう。だから、私はなるべく在庫は抱えておきたいという考えを持っています。

 私は、とにかく人には恵まれてきました。お客さん、版元や取次の方々、スタッフのみんな。感謝の言葉しかありません。だからこそ、人とのつながりの大切さは人一倍感じています。

 一方で、「効率化」という言葉のせいで、出版業界には人と呼べる人間がどんどんいなくなっているようにも感じています。新入社員もほとんど入らないような業界に未来はありません。まるで今の日本のようですね。問題を先送りにして、対症療法的なことしかやれないというのは、本当に未来を食いつぶしているかのような気がします。

 次の世代を担う若い人たちが、やりがいを持って働ける、夢を語ることのできる未来。目先のことももちろん大事ですが、業界全体でもっと先のことまで考えてほしいと思っています。(インタビュー・構成:天摩くらら)



庭の木を刈ったり、インターネットの設定から家電の修理まで、常連のお客さんから頼まれれば何でも喜んでお手伝いしています、と笑う角田さん。それらは店長の立場だからできること、とおっしゃりながらも、人好きのするお人柄がにじみ出ていて、常連さんにとってお店は大切な居場所に、角田さんは心のよりどころになっているのだなと感じました。(事務局・天摩)

(「NR出版会新刊重版情報」2022年11・12月号掲載)

NR出版会サイト┃トップNR-memoトップ
Copyright(c) NR出版会. All rights reserved.