2022.04.28 up 






NR出版会連載企画 
本を届ける仕事25
 スパイスのような役割を
進藤菜美子さん(ジュンク堂書店秋田店/秋田県秋田市


 二〇一七年、入居していたビルの改修工事による店舗の再オープンを機に、長く担当していたコミックから文芸書に異動になりました。そのままコミック担当として復帰するつもりでいたので、全くの予想外です。普段から小説はよく読んではいましたが、何よりも知識のない未知のジャンルに配属されたことに対する恐怖は強くありました。
 
 最初は勝手がわからず、気がつけばもう退社時刻。「今日、何やったんだっけな?」とその日の仕事内容もろくに思い出せないくらい、ふわふわした日々が続きました。
 
 そんな時に『82年生まれ、キム・ジヨン』に出会いました。
 
 存在しているだけで虚しくなる絶望感や、突きつけられる理不尽さと救いのなさ。自分が軽視されているような気がしながらも、抵抗できない社会の形。激しい怒り。その中に、ほんの少しだけの希望。その時に抱えていた気持ちにぴったりと寄り添ってくれました。
 
 以前から素晴らしい韓国文学が多く翻訳されていたことをのちに私は知ることになるのですが、まさにその時、韓国文学がこれからよりたくさんの読者に浸透していくという予感がしました。
 
 また、読者としても書店員としても一緒に成長していけるような気がして、とても勇気づけられたことを覚えています。


 韓国文学の魅力はたくさんありますが、ひとつは独特の寂しさにあるように思います。家族といても友達といても恋人といても、心はいつもひとりぼっち。たとえ裕福でも、環境に恵まれていても、自分の心が満たされているかどうかは別のこと。他者から見える幸せが、必ずしも自分の幸せとは限らないと切実に訴えかけてくる。そういう寂しさが共鳴し、読む人の心をつかんで離さない一因になっているのではないでしょうか。

 もうひとつは、翻訳のすばらしさ。わたしは韓国語の読み書きができないので、あくまで想像ですが。言葉の取捨選択に、同義語の錬磨の感性。すっきり端的な文章。韓国文化には独特のルールがたくさんありますが、それを違和感のないように、かつ世界観を崩さないように書かれているところも、読者としてとてもありがたいところです。

 そして、魅力とは違いますが、韓国国内で起こる事件・事故。政治変動や経済危機。数々の象徴的な事柄は、物語の題材になっていることがたくさんあります。こういったいくつもの要素が重なり合い、混じり合って今の複雑で濃厚な韓国文学の世界観が形成されているような気がします。

 文芸書担当としても読者としてもまだまだ新米のわたしですが、だからこそお伝えできることがあると信じています。


 担当になって最初におこなったフェアは、女性作家の作品を集めたものでしたが、女性のためだけというよりも、性差なく人間に寄り添っていけるような選書を心がけました。今は、女性の生き方や在り方について書かれたものが多いですが、根本には人間の尊厳という普遍的なテーマがあると思っているので。

 わたし自身、韓国文学に触れることで歴史に興味が出てきて、普段近寄らない専門書棚に立ち寄ったり、韓国料理のレシピ本を買ってみたり、書店の中で行動範囲がとても広がりました。今後は文芸書に限らず、ジャンルを超えた選書を提案できたらと考えています。とても難しいとは思いますが、現代史などの専門書と作中の年代を照らし合わせて紹介するフェアを考えています。

 もちろん、今の知識ではとても追いつかず、学びたいことが山積みです。知らないことがたくさんある、それはなんてわくわくすることなんだろうと教えてくれたのも韓国文学です。


 なんの準備もできていない状態で始まった文芸書担当の初めに韓国文学と出会えて、その後、自分の核のような存在になったことはとても幸運でした。

 地方の小さなお店のさらに小さな文芸書のコーナーで、ひとりでも多くの方に韓国文学のすてきさをお伝えする。どんどん人気が高まっていく韓国文学ですが、やはり単行本を手に取り購入していただくのはとてもハードルが高いです。手に取っていただいたきらめく一冊。その出会いを絶対に後悔させない! そして、わたし自身も楽しみながら読み続け、学び続けてそれをまた還元できれば、こんなに嬉しいことはありません。それが、わたしの書店員人生のミッションなのだと感じています。

 主張はするけど出しゃばりすぎず。さもないけれど、なかったらなんだか味気ない。そんなスパイスのような役割を担っていきたいです。


学生時代、東京の古本屋でのアルバイトが出発点だったと話す進藤さん。他業種への就職から新刊書店でのアルバイトを経て、ご実家のある秋田のジュンク堂書店で働き始めてからまもなく9年。今までこだわりをもって取り組むことはあまりなかったけれど、文芸書を担当して初めて、試行錯誤を重ねて本を売る楽しさが芽生えた、と教えてくださいました。(事務局・天摩)

(「NR出版会新刊重版情報」2022年4・5月号掲載)

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