2021.09.21 up 






NR出版会連載企画 
本を届ける仕事22
  本は国境も担当も越える
池田匡隆さん(紀伊國屋書店広島店/広島県広島市


 書店で働き始めてから、五年ほどだろうか。入社した年は、当時の店長から新書の担当を引き継ぎ、プレッシャーに怯えながら手探りで発注していたのを思い出す。新書ならではのスピーディーな動きが面白くて、飽きずにPOSデータを一日中眺めていた。もともと新書はよく読んでいたので、大好きだった岩波新書の表紙を堂々と撫でられる環境に歓喜していた(「池田くん、ときどき岩波新書を撫でてるよね?」と後日飲み会の席で同僚から指摘された。あれは恥ずかしかった……)。

 翌年から、人文書や広島の郷土史、ノンフィクションなども担当している。人文担当になってから「紀伊國屋じんぶん大賞」の選考に参加できたことは、私のモチベーションのひとつになっている。

 お客様に本を届けるのが仕事ではあるけれど、私自身も本が大好きなので、勤務中は暇さえあれば店内をウロウロと“徘徊”する。見逃している新刊はないか、この本はもっと前に出した方が良いのではないか、などと考えながら、日々たくさんの本を眺めている。つい手に取って立ち読みもしてしまうし、実際に買う本も増える(そうして積読が増えていく……)。

 面白かった本は、自分の担当外であっても発注してしまう(あくまでも“しれっと”するのがポイントだ)。担当者が自分の範囲内の本しか推さないのはもったいないし、それぞれが得意分野を生かした方が絶対に良い棚ができる。良い本は、国境も担当も越えるのだ。後日、その本が書評にでも出れば儲けものだ。“先見の明”があるかのように、社内で少しだけ得意な顔ができる。

 良い本に出会えたら、それを軸にしてフェアを組む。一月には、『人類堆肥化計画』(創元社)をメインに据えた「土と生きる」フェアを開催した。動植物との共存やエコロジー思想を問い直すテーマで選書をし、多くの反響をいただいいた。新型コロナウイルスの影響で、従来の生活・価値観が変わってきた現状と重なった部分もあったかもしれない。「あそこの書店に行けば、今起きていることが分かる」。フェア台をそんなメディアのひとつにしたいと、常々思っている。

 コロナといえば、昨年は小中学校が一斉休校したため、学習参考書の売上が全国的に伸びたが、自宅で大人と一緒に学べる哲学書『5歳からの哲学』(晶文社)は、レジ前での展開、店内放送などで一年近く推し続け、人文書としては異例の三〇〇冊を突破した。この本は、日本で一番売っている自負がある。

 推したい本はツイッターでもよく紹介している。一四〇字という短さの中で書けることは限られるし、ヘタをすると『推し、燃ゆ』のごとく燃え上がるリスクもあるため、多少気を遣うけれど、うまく使えば強みになる。

 昨年夏にはツイッターと連動したフェア「文庫VS新書の仁義なき戦い」を企画した。「夏の熱さは文庫だけの特権ではない!」と新書担当として業界に訴えたかったことから思いついた企画だが、思わぬ反響を呼び、自分でも予想していなかった方向へと進んだ。詳しくは「#広島店真夏の死闘」でぜひ検索していただきたい。

 ツイッターでの本の紹介は、不特定の一〇〇人に届けるよりも、二人か三人に刺さることを目標にしている。そのため、売れ筋の本より店内奥の専門書棚にひっそりと置かれているような本を取り上げる方が圧倒的に多い(私の好みも大いにあります)。そうした本の存在をPRするツールとして、SNSと書店は相性が良いと思っている。

 レジに立つと、たくさんの人が本を買っていくのが見える。スリップを見るのも時には有効だ。複数冊買われた場合は、組み合わせを見るのが面白い。広島という土地柄か、大量のヤクザ本スリップも目にしたりする。本を売るには、POSデータだけ見ていても分からない。

 在庫のお問い合わせやふとした会話がきっかけになって、通って下さるようになるお客様もいる。私は、本を介したコミュニケーションに、この仕事の一番の魅力を感じている。

  「この前勧めてくれた本、面白かったよ。次はどれが良いかな?」
  「この作家の本は、他にどんなのがある?」
   「この本に書いてあることを、もう少し詳しく知りたいんだけど」

 本を読むことで増えていく、頭の中にある無数の点。その点と点を結びつける「線」のような存在に、私はなれたら良いなと思う。


「いつも楽しく読ませていただいていますので」と執筆の依頼を快く引き受けてくださった池田さん。本を扱うことへのひたむきな姿勢と、その尽きることのない探究心に魅了されました。以来、フェア台の一角をのぞき見できることが楽しみで、頻繁にお店のツイッターをチェックしては、池田さんをはじめ、スタッフのみなさんから元気を分けていただいています。 (事務局・天摩)

(「NR出版会新刊重版情報」2021年8・9月号掲載)

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