2021.09.20 up 






NR出版会連載企画 
本を届ける仕事21
  3・11の経験が、まだ頑張れるという気持ちにつながっている
小早川美希さん(東北大学生協川内地区購買書籍店/宮城県仙台市


 3・11から一〇年が経ちました。まだ一〇年とも、あっという間の一〇年とも思います。

 震災当時、文系店の職員だった私は、この一〇年の間に別の店舗への異動もありましたが、現在は文系店のある川内キャンパスに戻ってきています。コロナ禍で来店される方も少ない中ではありますが、当店でも『東日本大震災から一〇年』のコーナーを設けました。

 震災直後は、まわりの学生たちも防災意識が高くなったと感じましたが、備蓄をしている人は徐々に減り、地元出身者くらいになったようです。震災関連本のコーナーに足を止める人も減り、こうしてだんだんと風化してしまうのだなと思います。先日の二月一三日や三月二〇日の震度五強を超える地震は、そんな私たちに「忘れるな」と警告しているように感じました。

 一〇年前にここに寄稿した文章は、機会に恵まれ新泉社の『聞き書き 震災体験』『書店員の仕事』に収録していただきました。出版をめぐる良いご縁を感じられました。今でも紙の本は力を持っていると思っています。手元にあるのはほんのわずかですが、震災翌日に届いた新聞の縮刷版、震災体験記、陸前高田出身の写真家さんの写真集、工場の復活ルポなど、本を開くことは少なくなってもずっと本棚にあって、背表紙を見るたびにあのときを少し思い出させてくれる存在です。新聞の縮刷版には、震災当日と翌日のメモと、二〇一一年夏に職場の全国セミナーで登壇したときの資料が挟んであり、私の備忘録になっています。

 私自身、震災以降、備蓄をするようになりました。そして、デジタルやキャッシュレスは便利でも、停電時には使えないという意識が働き、アナログから完全に脱せずにいます。震災のときに倒れた本棚には転倒防止対策をして紙の本を買います。電子書籍は停電した避難所では読めません!

 本の虫をしていると、震災を扱った小説が増えてきたと感じます。映画やドラマもそうです。3・11はノンフィクションからフィクションになりつつあると感じています。それが悪いことだとは思いません。当事者しか語れないことは確かにあります。宮城にいても体験していないことはたくさんありますし、うかつに口にできないようなこともありました。時間が経って語れるようになったこともあるのだと思います。

 ノンフィクションは私たちが忘れていってしまうことを記録してくれます。店に並ぶ本の多くは研究書ですが、当初は被災・被害の記録だったのが、生活再建やコミュニティづくりになり、政策や防災教育になり、最近では一〇年の道程を追ったものが並ぶようになりました。店の棚の移り変わりで、そのときどきの重点課題や関心の移り変わりがわかります。

 対して、フィクションは無数の震災体験の中から作り手が届けたいメッセージを多くの人に届けてくれます。3・11という出来事を消化していくこと、それを表現すること。年月を経て、受け取る側の心の準備ができるようになったのだと思います。たくさんの人に影響を与えた震災を、誰にでも伝わるように表現することは困難だと思います。受け止め方が違うのだと理解はしますが、正直なところ、許容できない表現もあります。どこに傷があるのか、それは癒えているのか、見た目ではわかりません。日常の中でも、隣県や海沿いの町から引っ越してきた方に、気軽に理由を尋ねたりはできません。ですが、私が過去の災害や戦争を知っているのは、それが小説や映画などのフィクションになって世に出ているからです。

 今回、震災から一〇年のコーナーを作るとき、読んでほしいと思っていたノンフィクション本のいくつかが並べられませんでした。当初はあんなにたくさん読まれていた本なのに、今では絶版になっていたからです。愕然としました。あの本たちは一時的な関心、時事ネタとして役目を終えてしまったのかと思いました。当時の生々しい記憶は薄れていってしまいます。震災を体験した人はどうしたって少なくなっていきます。フィクションとしてでも取り上げていかなければ、知るきっかけも減り、知らない世代が引き継ぐこともなく、震災は本当に忘れられてしまうのだと思います。

 社会の転換点になった3・11ですが、今もまた、私たちは転換を迫られています。コロナ禍が起きた昨春、閑散とした店内やドラッグストアの行列は、嫌でも震災当時を連想してしまいました。

 学生たちは、キャンパスにも来られず、友だちにも会えず、寂しい思いをした一年だったことと思います。先がどうなるかもまだわかりません。私としても、学生たちに店に来てほしいけれど大勢が来店して“密”になっても困る、という複雑な気持ちです。そんな中でも、コミックを全巻大人買いしてくれたりする学生もたくさんいて、微笑ましいです。おうち時間を少しでも楽しく過ごしてくれればと願うばかりです。

 私自身、出かけられない分、読書量はかなり増えました。本はどんなときでも私たちの強い味方です。どんどん読み進めているはずなのに、なぜか積読は減りません。一生で読み切れないほど本はあります。学生たちから、時間ができたから普段はあまり読まない本を読んだ、という声を聴くととても嬉しいです。

 リアル店舗としては、非対面の状況で何ができるだろうか、と模索の日々が続きます。前例のないことばかりですが、3・11の経験が、まだ頑張れるかなという気持ちにつながっていると思います。


NR出版会新刊重版情報2011年11月号に掲載し、単行本『書店員の仕事』にも収録した小早川さんの「本を必要としてくれる人たちがいるかぎり」には、震災直後、一時は本の無力さを感じるも、避難所に毎日届けられた新聞の力、本に浸った日々、再開を待ちわびるお客さんが本を求め来店された喜びなどが綴られていました。『書店員の仕事』第W部の「東日本大震災特別篇」には、被災地の書店員の方々に執筆していただいたりお話を聞いた29本が収録されています。震災から10年が経った今、『書店員の仕事』を手に取ってみませんか。(事務局・天摩)

(「NR出版会新刊重版情報」2021年5・6月号掲載)

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