2021.09.20 up 






NR出版会連載企画 
本を届ける仕事20
  一〇年目からの新しい一歩
八巻明日香さん(鹿島ブックセンター/福島県いわき市


 まもなく東日本大震災から丸一〇年が経とうとしています。当時、東京で働いていた私が震災を機に故郷いわきに戻り、鹿島ブックセンターに就職し、結婚と出産を経験し……今日まであっという間だったような気もする一方で、当時小学生だった子どもたちが二〇歳の成人の日を迎えたというニュースなどを見るにつけ、一〇年という歳月の長さと重みをひしひしと感じることも増えました。

 いわき市の薄磯海岸には、昨年初夏、新たに「いわき震災伝承みらい館」が開館しました。薄磯は、我が家からは車で一〇〜一五分。風光明媚ないわきの海の中でも一、二位を争う人気の海水浴場があり、すぐそばに仰ぎ見る白亜の塩屋埼灯台の美しさはまさに絶景。私が幼い頃に両親や祖父母に連れられて海水浴に出かけた、想い出の地でもあります。しかし、地震によりあの美しかった海岸も大きな被害を受けました。地震、津波、そして原発事故と、複数の災害に見舞われたいわき市。伝承みらい館の展示は、津波到達時間で止まったままのタイムレコーダーや中学校の黒板や机など当時を偲ばせる遺物、被災状況や復興の過程を伝えるパネル、映像、津波を再現するバーチャルリアリティ体験などで構成されています。しかし、実際に訪れてみて一番心に響いたのは、語り部の方々による体験談でした。紡ぎだされる言葉のひとつひとつが、生々しい現実感を伴って目前に迫り、ひとの言葉のもつ力の大きさというものを改めて感じさせられます。これから一〇年、二〇年先も、経験者の言葉に耳を傾け、それを自分の言葉で子どもたちに語り継いでゆくことの重要性を再確認して帰路につきました。

 ところで、私が生まれ育った浜通りとは、福島第一・第二原発のある双相地区からいわきまで、文字通り太平洋沿岸の一帯を指し、海とは切っても切れない関係にあります。暖流と寒流が交わる潮目の海で採れた魚は昔から「常磐もの」と呼ばれ、高値で取り引きされてきたのだそうです。身近にありすぎて、子どもの頃はとりわけ意識したことはありませんでしたが、今は復興プロジェクトの一環として「常磐もの」のプロモーションが展開されています。再び新鮮で美味しい魚が食べられることのありがたさを実感すると同時に、めぐみ豊かないわきの海を誇らしく感じたものです。今年三歳になる娘には、成長してたとえ故郷を離れることになったとしても、自分が生まれ育った福島・いわきを愛し、誇れる大人になってほしいと願っています。

 しかしながら、原発の廃炉はこれから先も膨大な時間と労力が費やされる大変な作業。最近では多核種除去設備等処理水(ALPS処理水)の今後の処分方法も大きな問題となって立ちはだかってきました。県から配布される情報紙を見ると、検討段階のさまざまな方法が紹介されています。処理水は海に流しても問題ないという情報とともに。しかし、いくら国が安全だと言っても、他の地産の食べものが豊富に手に入る現状では、地元の人間ですら「何となく心配だから避けておこう」という気持ちになる人も出てくるでしょう。

 二〇二〇年は新型コロナウイルスの流行により、まったく先の見通しが立たない日々が続きました。店頭に立っていてもお客様との会話はコロナ一色です。正直なところ、私自身がその日一日を何とか乗り切ることで精いっぱいの日々のなか、震災と原発の現実に向き合う時間が減ってきていると感じています。そして、それは私に限ったことではないだろうということも。今も負った傷が癒えないまま苦しんでいる人も多いのに、それが普通のことになりすぎて、麻痺してしまったような感覚。これが風化の恐ろしさなのでしょうか。子どもたちが遊ぶ公園や学校に設置されたモニタリングポストは、そこにあるのが当たり前の風景になりました。地域紙には、これも当然のことのように、毎日放射線量の測定値が載っている。それは、けっして慣れてはいけないはずのものです。

 安心して暮らせる環境が整うまで、忘れずに見届け、そして子どもや孫に語り継いでゆくためには、相当の努力と根気を必要とします。今は一〇年を目前にして、テレビの特集番組が増え、関連本も続々と刊行されています。鹿島ブックセンターでも二月の中旬からフェアを展開予定です。

 心配なのは、この「一〇年の節目」の盛り上がりを過ぎたとき、まるで潮が引くように、あっという間に落ち着いてしまい話題にのぼらなくなること。「風化を防ぐ」ことの重要性は理解していても、なかなか現実は厳しいものです。だから、とにかく声に出してみようと思います。まずは身近な家族や友人との会話のなかで。気負うことなく、ごく自然に、ふとした会話の中に織り込まれるような環境を目指して、一〇年目からの新しい一歩を踏み出したいと思います。


八巻さんのご登場は今回で3度目となりました。原稿のやりとりをしていたさなかの2月13日に最大震度6強の福島県沖地震が起こり、後日、電話で「まるで「忘れるな」とでも言われているかのような大きな揺れで、とても怖かった」と八巻さん。原稿を書き上げた後、「日々に追われるなか、思いを馳せることが以前よりも難しくなったと感じながら、迷いながらでしたが、今の自分の気持ちを正直に書きました」とおっしゃってくださいました。先日の地震で被災された皆様に、心よりお見舞い申し上げます。(事務局・天摩)

(「NR出版会新刊重版情報」2021年3・4月号掲載)

NR出版会サイト┃トップNR-memoトップ
Copyright(c) NR出版会. All rights reserved.