2020.03.10 up 






NR出版会特別企画 
NR出版会五〇周年を迎えて
 
小出版社だからこそ
深田 卓(インパクト出版会代表/NR出版会代表幹事


 観光客で溢れる京都市バスに乗ると、韓国語が飛び交っています。一番前の席から最後尾に座っている友人と傍若無人に大声で話しているのがあたりまえの風景でした。ところが最近、バスの中の雰囲気が変わってきました。みんなひっそりと座っているのです。日韓関係の悪化に伴い、目だたぬように乗っているのですが、どうしてこんなことになってしまったのでしょうか。

 八月ソウル、日本大使館裏の少女像前の水曜デモに参加。訪韓最終日がちょうど水曜日だったので寄ったのです。そこで激しく糾弾されているのは「日本人」ではなく「安倍政権」です。街中に張りめぐらされているのは安倍晋三の写真付きの反安倍ポスター。韓国の市民は、反日ではなく反安倍と、正しく敵を見据えています。

 それに引き替えこの国・日本では「断韓」を煽る『週刊ポスト』など大手出版社のヘイト週刊誌が跋扈し、テレビも文政権批判と法相候補のスキャンダルをおもしろおかしく報じ続けています。結局、マスコミのなかの一部のまともな個人を除いて、俗情におもねり視聴率を上げ、部数を伸ばせばいいというのが大手メディアのスタンスであることは昔も今も変わらないのですね。

 さて出版とはそんなものではない、とにかく売れる本を作るという大出版社の読者迎合的な姿勢に対し、売れようが売れまいが出したい本を出すのだ、と一九六〇年代末に個性的な小出版社が集まるべくして集まって、共同で販促活動や情報交換などを始めたのが「NRの会」です。思想と運動の新しい波をそれぞれのやり方で表現しようとしていた社歴五年以下社員一〇人以下の八社が、一九六九年八月に「NRの会」を立ち上げたと記録されています。

 当時、時代は大きな転換点にありました。 

 六七年一〇月の首相の訪ベトナムに反対する羽田闘争で京大生・山崎博昭が装甲車に轢殺されたことから急激に燃え広がったベトナム戦争反対運動は、六八年東大・日大を頂点とする学生叛乱のうねりを作り出し、七〇年安保闘争に向かいます。運動の主体であるノンセクト・ラジカルは政治・芸術・文化・学問を揺り動かす大きな社会的な潮流になっていました。そのノンセクト・ラジカルのNとRをいただいて「NRの会」と名乗ったと伝えられています。

 会は一九七六年に法人化し「NR出版協同組合」に、そして九六年に現在の「NR出版会」へと組織構造を時代にあわせて変えながら、現在に続いております。NRの歴史を見ていくと、倒産や廃業、逃亡など小出版社の栄枯盛衰の物語が繰り返されています。貧困と過労、それに耐えても誰にも訪れる加齢が待っています。強靭な精神力か、鈍感な感性を持たぬ限り、出版を持続し初発の志を持ち続けるのは困難なのですが、かろうじて現在の加盟社は節を曲げることなく生き抜いてまいりました。加盟社は少しずつ入れ替わりながら、現在まで、会の持つ基本的な姿勢を堅持し、活動を続けております。

 私は「NRの会」が立ち上がった頃はまだ学生で、七九年にインパクト出版会を創業し、九六年に新生「NR出版会」になったとき、誘われて加盟しました。その三年後、NR出版会が三〇周年を迎えたときに首都圏・東海地方の一五書店で三〇周年ブックフェアを展開、「これが元祖インディーズ出版社だ!」という記念イベントを行いました。会の創立メンバーで、当時の代表幹事だった風媒社の故稲垣喜代志さんは東京新聞(九九年一一月一八日)に次のように書いています。

 「私たち小出版社には、日本文化の『核』となる仕事は私たちから発信し創ってきたのだという自負がある。こうした中、私たち共通の『志』をもつ小出版社八社によってNRの会が結成されてから三〇周年を迎えた。(中略)それぞれに個性豊かな出版物を刊行し、つねに原点に立ち返り弱者の立場に立った出版を志しているが、鎌田慧氏の言うように小出版社の存在は日本の文化にとって不可欠なものであり、その使命の重さをいまこそ痛感している。」

 この文章から二〇年経って五〇周年を迎えた今、出版を取り巻く状況はさらに厳しくなっています。しかし私たちのスタンスとしては当時の稲垣さんと同じことを言うしかありません。

 話は戻って日韓関係のことです。政権や大手メディアが憎悪を煽っていても時代の底流は大きく変わっています。韓流ブーム以降、地道に韓国の文学作品を含む著作物が翻訳され、最近では会員社の亜紀書房からも、チョン・セラン『フィフティ・ピープル』やキム・エラン『外は夏』などベストセラーも出て、韓国は「近くて遠い国」から「近くて近い国」になっています。これまでにないほど日韓関係は悪化しているが、これまでにないほど日韓の文化的・人的交流は進んでいるのです。

 出版を生業とする者は、本を通して文化を浸透させていくことが仕事です。それは迂遠な道かもしれませんが、ヘイトや戦争を避けることにつながります。これはもちろん韓国に限ってのことではありません。そして稲垣さんが言うように、私たちは「日本文化の『核』になる仕事をしてきた自負」をもっています。

 そんな想いを抱きながら、五〇周年の八月、第一〇〇回NRセットを出荷しました。そして今、五〇周年記念フェアとして展開しています。

 真摯に本に、読者に向き合い続ける書店員さんとともに、出版の原点を問い直しながら活動を続けていきたいと切望します。

(「NR出版会新刊重版情報」2019年10・11月号掲載)

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