2019.07.23 up 






NR出版会連載企画 
本を届ける仕事14
 
一冊一冊を手渡すような気持ちで
小野太郎さん(ブックセンタークエスト黒崎井筒屋店/福岡県北九州市


 書店で働き始めて七年ほどになります。社会人としての自覚に乏しく、身の振る舞い方もよく分からなかった私は、周りに迷惑をかけながらも何とか続けてくることができました。周りの方々から教えられ成長できた一方、人に相談するのが下手な私は本に支えられてきました。恩師から薦められたアランの『幸福論』(岩波文庫)、『プロポ』(みすず書房)などを読み、粘り強く仕事を続けること、精神と身体を分けて考えることなどを、日々の人付き合いに活かしながら学んできました。

 現在勤務している店舗には、三年前に異動してきました。大型店で文芸・人文・文庫を担当できることになり、半期・年間の売場作りの計画を立て、棚替えやフェアやイベントに取り組んできました。これはデカルト→アラン流のことです。つまり、困難は分割して取り組むこと、想像力の素晴らしい力(先を悲観して何もしないこと)に負けず、仕事だけが現実を変えるというアランの言葉を信じることでした。
 棚替えについては、分類ごとの繋がりをより自然な並びに変え、哲学思想の棚を拡充しました。また、専門書を充実させるため、出版社に長期委託や常備をお願いしました。その中から、店の新たな定番商品も見つかってきました。
 イベントについては、昨年九月にフロアの一室を借り、石牟礼道子さんの追悼映画上映会を行いました。作品は藤原書店制作の『花の億土へ』です。出版社から上映の許可を取り、会場と機材の手配を井筒屋にお願いし、広報も担当し、入場料を頂戴する形で開催できました。二日間で四二名ご来場の定員越えとなりました。映画では、東日本大震災後の世界に向けて、石牟礼さんの生きとし生けるもの、そして死者への憐れみの情が溢れ伝わってきました。お客様からも感動したというメッセージを多数いただきました。物販では本を紹介する時に私自身の読書体験を怯むことなく交え、お客様の導線も工夫したところ、驚くほどよく売れました。 

 石牟礼さん、そして渡辺京二さんの本は、折に触れ力を入れて販売を行っています。近年、ビジネス書・新書などのタイトルや帯に「バカ」や「アホ」など人を見下した言葉が氾濫し、店頭に溢れています。それを見るたびに、「私の好きな書店を憎しみに満ちた言葉でいっぱいにしないでくれ!」と叫びたくなります。
 石牟礼さんや渡辺さんが書き、探求しているのは民衆の知恵と他者への慈しみの心、自然界と人間が相照らされて生きる充足感です。そこでは他人を蹴落として恥じず、人間を金儲けでしか計ることのないホモ・エコノミクスが崇められるようなことはありませんでした。逆に『苦海浄土』の中で胎児性水俣病の杢太郎少年のことを「ひと一倍、魂の深か子でござす」と愛しむ祖父の言葉に光る叡智こそ、今の時代に必要だと思います。
 今述べたことにも関連して開催したフェアに、「発達障害をみんなで考えるフェア」があります。どのフェアについても心がけているのは、日々触れる本の流れの中で感じる違和感を大切にすることです。発達障害に関する本の出版は“ブーム”と言われるほど、近年急増しています。頁をめくれば、アスペルガー症候群、ADHD、発達障害といった言葉で人間が理解されています。対象は子どもから大人へと拡大し、「忘れ物をしがち」「空気が読めない」など、障害への敷居はどんどん低くなってきています。言葉に携わる書店の人間として、この状況は勧められるべきものなのか? 教育・企業・行政などのシステムにおいて躓くもの、反抗するものを排除するだけではないのか? 人間を理解するのに科学の言葉ではなく、民衆の持っていた他者への慈しみを含んだ言葉を蘇らせられないか? そんな想いにとらわれた時、私にとって灯となるのは、石牟礼さんの『椿の海の記』のおもかさま、『あやとりの記』のヒロム兄やんでした。そして、敬愛する三木卓さんの著作。フェアでは、文学、経済学、民俗学を視野に入れ、かつ精神医学・心理学の本を読み込み、発達障害についてアプローチしました。無料冊子も作り、お客様にも関心を持っていただけました。
 ほかにも、効率や生産性が叫ばれる今、「「表現の自由」と差別を考えるフェア」を行いました。これらのフェアは形を変えて、今後も続けていきたいと思います。
 私は大型書店で働いていますが、一冊一冊の本を手渡すような気持ちでフェアを組んでいます。「こんな視点から世界を、人間を理解することができる本の魅力を伝えたい」という思いを込めて選書しています。「ここに来れば人生の悩みを解決する糸口が少しでも見つかるかも」と多くの人に期待していただける売場作りを目指していきたいと思います。


「いつも一面特集を楽しみに読んでいます」といううれしいお手紙が届いたのは、ちょうど1年前でした。小野さんからは以前よりNRテーマフェアのご注文をいただいていました。その後の手紙と電話のやりとりで、棚づくりやフェアに並々ならぬ熱意をもって取り組まれていることを知りました。小野さんのひたむきなお仕事ぶりは棚やフェア台など随所にあらわれ、きっとお客さんを惹きつけてやまないのだと思います。お店のツイッターをぜひのぞいてみてください。フェアの様子をご覧いただくことができます。(事務局・天摩)

(「NR出版会新刊重版情報」2019年8・9月号掲載)

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