2019.02.26 up 






NR出版会連載企画 
本を届ける仕事12
 
先はまだ長いけれど、いつも笑顔で
鈴木順子さん(鹿島ブックセンター/福島県いわき市


 いわき市民の生活をも揺らした東日本大震災。あれからもう八年の歳月が流れてしまいました。振り返ってみれば、その震災によって当時のいわき市民の生活はずいぶんと混乱し、そして変化してしまいました。
 ご承知の通り、大地震による津波とそれにともなう原発事故は私たちに重くのしかかり、地震の後片付けどころか、日常生活を取り戻すことすらままならず、いつもの日々が遠のいていくばかりでした。
 人口の激増も大きな変化でした。原発事故により、いわき市に隣接する六つの町の住民の方たちがいわき市への避難を始め、学校の体育館などが避難場所となって受け入れを始めたからです。
 ほどなく、避難者のための応急仮設住宅の建設が始まり、空き地という空き地に仮設住宅が建ち並び始め、その後は避難住民や各県から応援に来てくれた仮設住宅の建設作業員、そしていわき市を宿泊先としていた原発の作業員、除染作業員といった方々で、いわき市の人口は膨れ上がりました。
 その当時、いわき市に建設された仮設住宅は一万戸以上に達し、避難した方々は二万人以上と聞いていますが、しかしそれ以上かもしれません。これが、地震直後八年前の混乱したいわき市の姿でした。
 では、八年が過ぎた現在のいわき市はどうなっているのでしょうか。
 帰還困難区域と言われる場所の除染が進み、一部の地区を除いた住民が、故郷の自宅に戻れるようになりました。このことは、避難先で暮らさざるを得ない方々にとって大いに喜ばしいニュースです。
 震災後、仮設住宅で暮らしていた方々の今後の生活基盤については、復興公営住宅への転居、避難先での定住に加えて、故郷への帰還という選択肢が増えたということです。
 さらに、数年前から仮設住宅の撤去作業が徐々に始まったことも大きな変化のひとつです。
 当時、私の自宅周辺にもたくさんの仮設住宅が建設されていました。おびただしい数のその住宅は、突然、私の前に姿を現したかと思ったら、あっという間に増え続け、そして昨年、私の前から忽然と姿を消してしまったのです。
 実際は、居住者が前に述べた三つの選択肢のどれかを選んだだけなのでしょうが、私には「忽然と消えた」ように感じられたのです。しかも仮設住宅は、空き家どころかすでに生活の痕跡すらない更地となっていて、私は目の前にえんえんと続いている更地をただ茫然とながめていました。これが、休日久しぶりに近所を散歩した私の姿でした。
 仮設住宅に親しい友人がいたわけではありませんが、スーパーや病院で、故郷を懐かしむ皆さんの会話を幾度となく耳にしてきましたので、苦境を分かち合った親近感を感じていました。だから、更地になった旧仮設住宅跡地を見て、まさに心にぽっかりと穴があいたようでした。これを「仮設ロス」と呼んで、一人失笑しています。故郷での日常が、一日も早く戻ってくれることを願っています。
 さて、それと同時に今いわき市で持ち上がっている問題に、モニタリングポストの撤去があります。震災後、それは子どもたちが集まる場所や公共施設に設置され、目には見えない空間線量の可視化に役立つため、大いに頼りにしていました。充分に空間線量が下がったことと、維持費がかかることが撤去の理由のようです。
 昨年末に撤去のための住民説明会が行われました。未就学児をお持ちの市民の反対は特に強いようです。自宅近くの公園にもモニタリングポストが設置されていますが、今でも風向きによって表示される線量に違いがあります。そんな時はやはり撤去には不安が残ります。
 いわき市の変化はさらに続きます。あの震災の大津波に飲み込まれ、人や車が流された小名浜港埠頭近くに、昨年六月に大型ショッピングモールがオープンし、連日いわき市内外からの家族連れで賑わっています。
 そこには、あの時この場所を、こんな高さの津波が襲ったのだという事実を忘れないために、前庭や入口に津波浸水の深さを記した塀が設営されています。その前に立つと今でも、八年前のあの日、そして「がんばっぺ!いわき」の合言葉がよみがえってきます。先はまだ長いけれど、いつも笑顔でがんばります。


鈴木さんには、毎年この時期にいわき市の今を綴っていただいています。文章を読みながら、8年もの時間の経過を痛感し、あらためて単行本『書店員の仕事』を手に取りました。本書の後半3分の1には、被災地の書店員の方々の文章が収録されています。震災発生直後のこと、そして時間とともに形を変えていく被災地の姿と人々の心の機微が、書店員の目を通して綴られています。この本がより多くの人に届き、震災後を生きるということをいま一度とらえ直すきっかけになってくれれば、と願ってやみません。(事務局・天摩)

(「NR出版会新刊重版情報」2019年3・4月号掲載)

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