2018.07.03 up 






NR出版会連載企画 
本を届ける仕事8
 
「書店員の仕事」はつづく
市岡陽子さん喜久屋書店阿倍野店/大阪府大阪市


 二〇一七年五月二六日、東京の文京区民センターで行われた「NR出版会『書店員の仕事』出版記念会」から、早一年が過ぎた。
 その日集った人たちは、単行本『書店員の仕事』に執筆した書店員、本書を読んだ、または本書を販売している書店員と、共通項は『書店員の仕事』の一冊のみである。書店員歴も、年齢も性別も、棚担当のジャンルも、正社員かアルバイトといった雇用形態も異なる。通常は、話し相手のキャリアに気後れしたり、年長者に遠慮が生まれたりするものだと思うが、会場に用意していただいたお酒の力もあって、そういった無意味な忖度はほとんどなく、多くの方とお話ができた。それは、『書店員の仕事』を知る出席者各々が、自店での立場や肩書きを取り払い、一書店員として話を聞きたい、ひいては書店員としての人生の意味を考える機会にしたいと考えていたからではないだろうか。『書店員の仕事』での出会いを振り返って、改めて大きなエネルギーを持った本だなと感じている。
 組織の中で一書店員、一担当者でいるということは、現在の書店業界では非常に難しい。規模の小さな書店では店全体を把握し、金銭的な経営面にも留意しなければならないのは、積年の慣習だ。一方、広い売り場面積を持つチェーン店などの書店員は、経理上の配慮は多少免除されるが、仕事は分業で全体像がつかめない。得意分野でない担当は相当の勉強量が必要であるし、向き不向きが売り上げに反映しないこともある。担当者間の価値観の相違に悩むこともある。そしてどちらの担当者でも、専門職とは言えないルーティンの仕事に忙殺されることも多いと思う。
 そんな折、この集まりで「一書店員」として日ごろの悩みや問題、ともすれば愚痴も出席者同士でぶつけ合えたことは、共感の連続だった。執筆者には、フェアや小冊子の作り方、棚づくりの極意など、掲載文に基づいた具体的なことを本人に確認できたし、本書執筆後の考え方の変遷や、書店員としての将来の夢も、人生の先輩方とも膝を突き合わせてお話ができた。また、遠方の方とも後日、当方のブログ記事(同じ志を持つ会社の同僚と往復書簡を公開しています→ほんまにWeb「しろやぎ、くろやぎ往復書簡」http://www.honmani.net/shirokuro.html)を読んだ感想や、それを踏まえてお好きな小説を紹介いただくなど、その場で終わらないつながりもできた。一冊の『書店員の仕事』から、本当に多くの恩恵をいただいたのである。
 書店員は人生を捧げうる仕事なのかと近頃とみに考える。本が売れないと言われるようになってからは特に、書店員の仕事にスポットを当てていただいているようにも感じる。ただ、その背後から聞こえてくる、「書店員すべてが本に精通しているわけではないでしょう」、「好きなことを仕事にする覚悟があるのか」、「いわゆる“やりがい搾取”を美化しているのでは」、「所詮、給料も良くない、エプロン姿の重労働なのでは」などの声に圧迫されそうな気持ちになる。このような意見に反論できないことも事実なのである。
 私も含め、書店員の多くは、本が人と人との距離を近くするという可能性を信じている。『書店員の仕事』のような限られた世界のエッセーでも、フィクションという嘘の物語でも、史実を検証した血の滲むような努力の結晶で生まれた専門書でも、誰かが必要と思えばジャンルは何でも構わない。生きることが人と人との出会いの繰り返しであれば、本との出会いもまた、その人の人生の輝きを強めるような力を持っていると思うのだ。限られた生きる時間の中で、人や本から、私たちは多くのことを学びたい。それに伴う人間関係や、本屋の経営面での困難はある程度は致し方ないし、学ぶための苦労は過程であると思いたい。楽観的過ぎるのかもしれないが、一書店員、棚担当者として本に興味を持ち続けることが、書店員としての人生を、本屋の存続を成功させるのではないだろうか。
 ただ、自分が面白いと思っているものを、丁寧に伝えていく努力を怠っている、またはその状況を本屋の経営面が困難にしていることも否めない。しかし、外的要因のせいにせず、その努力を個々の書店員が各々の出来る手段で続けていく気概を体現しなければ、書店の未来はない。立派な書店がパソコンや携帯端末上にいつでも開店しているのだから。一人の書店員の才能や成功例でずっと勝ち続けられることもない。人生に本を必要とする人と、ビジネスライクな関係よりも近い距離でつながっていたいという思いは、本屋を存続する最大の武器になる。
 『書店員の仕事』には、その具体的なノウハウも精神も詰まっている。出版記念会に参加して、それがより強固な思いになった。


市岡さんには、「『書店員の仕事』出版記念会」の座談会に登壇していただきました。執筆者をはじめ、一堂に会した方々の熱気と笑顔がよみがえってきます。市岡さんに本紙にご登場いただくのは、今回で2回目です。やりとりするたび、お会いするたびに書店員の仕事にかける熱量が伝わってきて、いつも力を分けてもらっています。(事務局・天摩)

(「NR出版会新刊重版情報」2018年6・7月号掲載)

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