2018.04.23 up 






NR出版会連載企画 
本を届ける仕事7
 楽しみながら、本を並べる
面屋 洋さん清風堂書店/大阪府大阪市


 五年前に本屋の仕事に就くようになって、さあ、どうしよう、と思ったことのひとつが、興味のないジャンルがたくさんあることでした。これまで本屋に対しては客でしかなかったので、自分の関心のある本がいろいろ置いてある店が行きつけになって、それで問題はありませんでしたが、立場が代わったら、そうも言ってられないんじゃないの? という疑問が出てきたわけです。
 スポーツ、車、ミリタリー、ビジネス、資格、語学、ライトノベル、角川系のコミック……、知らないことが多すぎるうえ、この先興味を持てるかどうかも自信がありません。好きだと思っていたコミックですら、私は二〇年前から時が止まっていたのか、と思うほど新世界に満ちていました。それでも、いきなりすべてを把握することはできないので、新刊の並べ方、棚からの抜き方、スリップの見方などを、当時の店長からコツコツと学んでいきました。
 彼女は四〇年、この稼業を勤めてきたベテランさんで、「客が求めているものを仕入れて提供することが書店員の仕事」と割り切っていました。その頃から増え始めた、「嫌韓・嫌中本」などのヘイト本も、どんどん仕入れて積み上げていくので、なんか気持ち悪いんですけど……、と思いながらも、それを止めることはできませんでした。
 けれど、自分でヘイトスピーチのデモが行われている現場や、彼らを訴えている裁判の傍聴に足を運ぶようになって、そうした空気が本屋の売り場と地続きになっていることを実感していきました。
 そんなとき東京で、某大型書店が客からのクレームを受けて、企画したフェアをいったん取りやめるという事件が起こりました。それは「自由と民主主義のための必読書50」というもので、その選書を見直した後にまた再開されました。
 その後、外された本の著者や、その対応を問題視した人たちから、非難の声が巻き上がりました。ツイッターでその様子を眺めていた私は、ある人のつぶやきに目を止めました。
 「どこかの書店で外された本のフェアやらないかな」
 ご丁寧に、最初の選書と見直された後のラインナップをリストにあげてくれている人もいました。その外された四〇冊のタイトルを見ていると、「だいたいうちの店にあるかも」と思いたって、一冊ずつですがかき集めて一段に並べて、「某民主主義フェアから外された四〇冊フェア」と手書きのポップをつけて、写真を撮ってツイッターにアップしたところ、またたくまに反応が増えて、三日後にはネットニュースで取り上げられました。そうしていくつかの新聞からも取材を受けて、店頭やメール、電話などで応援メッセージをいただくことになりました。
 理由を求められる頃には、「書店の企画がやりにくくなってしまうような空気を変えたかった」などと、もっともらしいことが口をついて出るようになりましたが、最初の動機は「面白そうだし、出来そうだからやってみよう」くらいでした。
 おかげさまでフォロワー数も増えたので、がぜんツイッターにもやる気が出てきて、いつのまにか店長になって現在に至りますが、結局紹介できる本は、自分の関心を引いたものにとどまっています。
 店頭の棚に関しては、よくわからないジャンルは担当の人に任せて(じゃなくて、一緒に勉強する感じで)、私は文芸や、人文・哲学、社会科学などの棚をつくっています。ツイッターをしながら、自分の興味ある分野ですら、本って紹介するのが難しい、と悩む日々です。
 時間の都合上、ぜんぶ読むわけにはいかないので、私が本屋に立ち寄って気になる本を手に取ったとき、入ってきた初期情報みたいなものを紹介するようにしています。装丁や帯のコピーに、まえがきやあとがきや解説、そしてたまに本文など、その触りだけツイッターに書き写す感じです。棚に関しても同じようなもので、あまり考えずに、面白そうだと思った本を適当に並べています(ヘイト本はほとんど並べることなく返品しています)。
 毎日毎日、たくさんの本が入ってくるので、それはそれで大変ですが、どれとどれを一緒に並べるかは、偶然がいくつも起きて楽しい作業でもあります。お客さんにとってわかりやすく陳列しなければならないジャンルは、文庫と新書を除き、先述した私が興味を持てないものが多数であるため、それは担当の人に整理してもらっています。
 私がただの客だったころ、一時間くらい入りびたる店は、四〇〜七〇坪くらいの広さで、「濃厚」な品ぞろえをしている店でした。じっくり棚を眺めていると、欲しい本や気になる本がいくつも見つかる……、また明日も来ちゃう、みたいな。
 すぐに欲しい本が見つかることと、本を探す楽しさを感じることの両立を模索しています。ただ、ヘイト本以外の返品の判断が下手で、店内に段ボールが増えていく状況は何とかしなければいけないと思っています。


面屋さんのお店に行くと、イタズラ好きの書店員が棚を作っているなぁと、思わずほくそ笑んでしまい、購買意欲がかき立てられます。書店現場が萎縮しているといわれる昨今の状況下で、独りよがりに陥ることなく、書店の社会的役割を真剣に考えながら真摯にイタズラに取り組むことは、言うは易く行うは難しです。それを絶妙のバランス感覚のもと、自然体で具現化している棚づくりを拝見していると、同志を得た気分になり、書店の未来にまだまだ無限大の可能性を感じてとても明るい気持ちになりました。  (新泉社・安喜)

(「NR出版会新刊重版情報」2018年4・5月号掲載)

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