2009.03.23.up 


新幹社2009年3月刊行


サラムの在りか 丁章/著
四六判上製・291頁・定価2,400円+税
 ISBN978-4-88400-079-0 C0095 


     自著『サラムの在りか』に寄せて


丁章 

 サラムとは、ウリマル(朝鮮語)で「人」という意味の日本語表記であるが、私は自己の在り方の名として、この「サラム」を称している。

 人は、この世に生まれながらにして抱え込まされた数々の命題と向きあうことによって、精神が育ち、人間らしさを獲得してゆくものだとおもうが、「はたして自分は何者か?」という命題もまた、人が人になるために最も重要な命題のひとつであろう。

 私の場合、「自分は何者か?」と自問すれば、すなわち「在日朝鮮人である」ということになる。では、「在日朝鮮人とは何者か?」とさらに考えるとき、つまるところ「日本と朝鮮の混在者である」ということになる。この答えは、自分が日本人であることを疑うことのない自明の日本を生きている人には、決して得られぬものであろう。そしてこれは、自明の朝鮮を生きている人にもまた同様である。

 在日三世である私は、このようにして自分の中に混在する「日本と朝鮮」について、それでは「日本」とはいったい何なのか、「朝鮮」とはいかなるものかという、この二つの命題と、新たに向きあうことになった。

 人が自分の中に抱えこむ命題は、自分自身で解かねばならないということはいうまでもないが、その命題との闘いを生き抜く力は、かならず他者との出逢いによってもたらされるものである。自分にとってそのような他者が、友人となり恩人となり恩師となるのだが、私にとってそのように出逢った人々の中に、司馬遼太郎さんと金時鐘(キムシヂョン)氏のお二人の恩師がいる。

 司馬さんは、私にとっての「日本」そのもののような人である。私の中の「日本」というものの多くは司馬さんから学び得たものだ。私が司馬さんと初めてお目にかかったのは、およそ20年前、東大阪でのくらしの中で、おこのみやき屋を営む民藝好きの両親が、近所にお住まいの司馬さんの目にとまったことがきっかけだった。また司馬さんは私が人生の中で初めて身近に接した文学者でもあった。私が文学を志したのは、司馬さんとの出逢いがきっかけではなかったが、もし司馬さんと出逢わなければ、私は文学者にはなれなかっただろうとおもう。司馬さんの身近で過ごした時間を糧に、私は今も、文士とは何か、書生とは何かを学びつづけている。

 金時鐘氏は、私にとっての「朝鮮」そのもののような人である。私は20歳になるまで自分の本名、つまり民族名をウリマルでどのように呼ぶのかも知らないほどに、お粗末な在日朝鮮人を生きていたが、そのような自分の中の空っぽだった「朝鮮」に、私は金時鐘氏から学び得た自民族らしさを注ぎ込んで、今こうして在日朝鮮人を生きるようになった。もし金時鐘氏との出逢いがなければ、私は在日朝鮮人を生きるどころか、人を生きることをもやめてしまっていたかもしれないと想うことがある。金時鐘氏と初めてお目にかかったのは、96年、私を訪ねて来阪した中国朝鮮族の作家をご紹介したのが縁だった。その後、金時鐘氏は今もって私にとってのススン(師)である。

 そしてこの両恩師が、なによりも私に授けてくれたものが、ほかでもない、「在日」の視点である。司馬さんも金時鐘氏も、自明の「日本と朝鮮」から脱け出した高みから、世界を見据える普遍的な視点を持ちながら、それでいて決して浮き足立たずに地べたの視座に在りつづける、そのような「人」としての在り方を私に示してくれた。この両恩師に出逢えたことが、私を「在日サラム」の道へと、押し出したのである。両恩師から学んだ「日本」と「朝鮮」を原動力として、また、多くの友人、恩人、恩師たちとの出逢いを糧にして、私は新たに「サラム」という在日の在り方を、詩人としてこれまで示してきた。このたび世に出る拙著は、十五歳の時から現在に至るまでの作品をまとめた初の散文集だが、この小さな詩人のサラムとしてのおよそ四半世紀の軌跡でもある。これからの在日を生きる四、五世は、混血も多く、まさに「日本と朝鮮の混在者」であろう。かつて精神の危機に見舞われた私が、在日文学をよりどころとしたように、在日の次世代の人々の「在りか」として、この拙著が役立てばと願う。



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