亜紀書房　６月の新刊

ロバーツ・ミタニ・ＬＬＣ会長　神谷秀樹／著

四六判上製・240頁　定価1,800円＋税
ISBN978-4-7505-0807-8　C0033

ミケランジェロのごとく　神谷秀樹

　大学を出て日本の銀行に就職したのが33年前。ウォール街の投資銀行に来たのが23年前。そして自分の銀行を創設して16年になります。この間、投資銀行家として仕事をし、また一人の人間として生き、世の中を見つめてきました。

　昨今、金融のグローバリゼーションが進み、世界の大手金融機関は巨大になり、資本主義は一見進歩したように思えます。しかし私には、もはや制御が利かないほどに大きくなってしまったのは人の強欲で、その強欲が私たちの社会を発展させるどころか、崩壊に向かって導いているように思えてなりません。そこで、こうした強欲の巨大化を止めるために、自分はいったい何をすべきかを真剣に考えました。結果、「人の心に、自分の精一杯の誠意を持って語りかけてみる」ということに思い至り、亜紀書房の木村隆司編集長にご相談し、それを実現したのが本書です。

　私は聖人のように清らかな心で生きてきた訳ではありません。決まったお給料を頂戴する日本の銀行から、野球選手のように実績で評価される米国の投資銀行に転職し、日本のバブルに乗って大量にアメリカに流れ込んで来る投資資金を飯の種とし、毎年伸びる年俸に有頂天になっていた頃もあります。仕事の仕方、考え方について、真剣に考え、小さくとも倫理観だけはをウォール街でトップの投資銀行になろうと決意したのは、自分の会社を創ってからの話です。　私は今こそカソリック教会に通うクリスチャンですが、結婚式を最後に教会に行くのをすっかり怠り、まったく信仰を忘れた生活を30年持ちました。教会に還ったのは、まだ数年前の話です。

　先月（５月）フィレンツェのサンタ・マリア・デル・フローリ教会で、ミケランジェロの「ピエタ」を見て考えました。「ピエタ」とは、十字架から下ろされたイエスを、母親のマリアとイエスを愛した女性であるマグダラのマリアが、崩れるようにしながら受けとめる姿を描いた彫刻ですが、何とミケランジェロは自分が刻んだこの二人の女性を見て、何かせずにはいられなかったのでしょう。この二人の女性を支える自分をも、この彫刻に刻んだのです。そこには、もし彼がイエスの時代に生きていたなら、彼こそがイエスに代わって十字架を担ぎ、ゴルゴダの丘に上ったであろうという深い信仰と意思とを感じました。その作品は人間が自分の意思で作れるようなものではなく、ミケランジェロが神の道具とされ、神の意思が彼の手を通じて実現されたとしか思えませんでした。

　そのとき、人間には二つの種類の仕事があるように思いました。一つは自分の意思で選ぶ仕事。もう一つはミケランジェロの「ピエタ」のように、神の道具となってする仕事です。私は、これまで投資銀行家という仕事を選び、今も一所懸命しています。しかし、もしかしたら、神は私に彼の道具となり、行うべき仕事を、別途お与えになるかもしれない。まだうっすらとした意識しかありませんが、現代という時代に居合わせ、「強欲資本主義は我々にとって間違ったものである」という啓蒙活動をすることは、もしかしたら私にとっての「神によって与えられる仕事」なのかもしれないと考え始めました。ここ１年ほどでしょうか、雑誌やオンライン経済誌のコラムで、短い文章は出してきました。本書は、そうした仕事の中で、これまで最も力を込めて書いたものです。多くの読者を得ることが難しくとも、お一人でも本書を読み、人生の過ごし方、仕事の仕方について考える機会とし、ご自身の人生をより良い方向に舵を切るのに役立った、と言っていただけるようであれば、私にとって望外の幸せです。