2006.12.29.up




William Shakespeare (1564?〜1616)

シェイクスピア その“壮大な遺産”に映画で再入門!

 私の友人W・H氏は、戦後のベビーブームの時代に生まれ、日本の高度成長期とともに育ったいわゆる団塊の世代。彼が私に1本のビデオを貸してくれた。それは、第69回(1996年度)アカデミー賞授賞式のビデオだった。

 彼が私に見せたかった場面はすぐにわかった。『ハムレット』で脚本部門にもノミネートされていたケネス・ブラナーがステージに上がったからである。ブラナーは、シェイクスピアの「壮大なる遺産」(magnificent legacy)から数多くの映画監督、脚本家、俳優がインスピレーションを得ていると述べた。そして、最初のシェイクスピア映画、サイレント時代の『ジョン王』から、彼自身が監督・主演した『ハムレット』まで、実に40本ほどのシェイクスピア映画、あるいはシェイクスピアを下敷きにしたり、引用したりしている映画の場面をフラッシュでつないで、およそ1世紀にわたる歴史を5分足らずで振り返ってみせた。そのなかにミュージカルやアニメを取り入れていたのに加えて、「ノット・トゥ・ビー」の一声でエルシノア城を爆破するアーノルド・シュワルツェネッガーや、「そのシェイクスピアって奴はテキサス人に違いない」と断言する西部男ジョン・ウェインまで登場させたジョークに思わず笑ってしまった。全体として、ブラナーのシェイクスピアに寄せる熱い思いが伝わってきた。

 実際、シェイクスピアは精神的にも物理的にも私たちの身近にあるのだ。ブラナーの言う「壮大なる遺産」は、何も英米や英語圏だけの占有物ではない。映画の例では、黒澤明の『蜘蛛巣城』『悪い奴ほどよく眠る』『乱』などがあげられる。今では、東京にグローブ座もあるし、シェイクスピア劇を逆輸出している演出家もいるし、千葉にはシェイクスピアのテーマ・パークが、小諸にはイギリスにもない「シェイクスピア美術館」さえある。この遺産からインスピレーションを得ているのはさまざまな分野の芸術にわたっている。そして、その恩恵を最終的に受けとるのは、それらの芸術を愉しむ私たち一般人なのである。

 本書は映画(DVD・ビデオ)を通してもう一度シェイクスピアに触れてもらい、原作や演劇ものぞいてもらうきっかけを提供しようとするものだ。
 各章では、シェイクスピアの作品または作品群をテーマで分け、まとめている。「恋愛物語」「権力への意志」「世界は劇場」「父と娘の物語」「喜劇の愉しみ」「自分探し」「人間の業」「人生のやすらぎ」など、私たちが現実の人生で体験する事象や人生観、世界像である。そのテーマに沿って映画のあらすじと登場人物の相関図、映画の見どころとともに、各執筆者が自分の見方を披露する。

 映画で愉しんだ後には、翻訳書で名句だけではなく台詞全般にあふれる言語表現の妙を味わわれることをお勧めする。それがシェイクスピアのもう一つの面白さだからである。そもそもシェイクスピア劇は、能舞台のようにほとんど「何もない空間」で上演されていた。その台詞は日常会話ではなく様々なイメージ、比喩、発想が織りまぜられた詩である。だからこそ、後朝の別れでロミオを送り出すジュリエットは、「それでは窓よ、日の光を中に入れ、私の命を外にお出し」と窓に呼びかけるのだ。現前していない情景を、人物の感情を投影しつつ観客にありありと想像させることが、重要なのである。

 1本の映画または舞台上演は、読者としての監督、演出家、役者による原作の一つの解釈の表現であり、そのすべてを汲み尽くしているわけではない。源流に遡って原作に触れ、想像を膨らませ、自分自身の映画を構想してみるのも、愉しみの一つだろう。

DVD・ビデオで愉しむ シェイクスピア再入門

名古屋シェイクスピア研究会・編
ISBN4-8331-2061-5
定価(本体1,700円+税)
四六判・並製・240頁

風媒社


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