2006.06.20..up



『戦後期アイヌ民族−和人関係史序説』によせて

東村岳史(名古屋大学国際開発研究科教員)

 本書は、アイヌ民族と和人(多数派日本人)の関係を、戦後1940年代から60年代の20数年間に絞って論じたものである。
 アイヌ史に多少なりとも通じている方であれば、近現代における大きな流れとして、明治政府によって進められた北海道「開拓」が先住民族の生活環境を大きく破壊したこと、1899年に制定された北海道旧土人保護法は勧農と教育を柱とした「同化政策」の基盤となったこと、1970年代以降の民族復権運動では「開拓」や「同化政策」に対する批判や先住民族としての権利確立の主張がアイヌ民族によって展開されたこと、などを概略思い浮かべるかもしれない。近年の出来事としては、つい先日亡くなったばかりでアイヌ文化伝承者として著名な萱野茂氏が1994年アイヌ初の国会議員となり、彼の任期中の1997年に旧土人保護法の廃止と「アイヌ文化振興法」の制定をみたことが時代を画する動向としてあげられよう。
 もっとも、復権運動が活性化した70年代以前はどうであったのかといえば、アイヌ民族の政治的活動は戦後のごく一時期を除きまったくの低調であった。1940−60年代には年表に記載されるような出来事も少なく、この時代が研究対象とされることもほとんどなかった。しかし、それでは70年代以降の復権運動は突然降って湧いたものであるかのように受け取られかねない(実際そのような側面もないわけではないが)。近現代史をつながったものとして理解するためには、アイヌの運動停滞期で研究の蓄積もない戦後20年余りの像を、特に和人側の意識や動向に比重を置いて描く必要がある。そのような問題意識をもって本書は書かれた。
 1940−60年代という時代のとらえ方、視点などについて、もう少しくわしいことは序章で述べているのでそちらをお読みいただくとして、本書がアイヌ民族と和人の近現代史に人々が関心を持っていただく一助となることを著者としては願っている。
 ただ、そうはいっても、私が設定した「アイヌ民族和人関係史」という領域に関心を抱く読者はそれほど多くはないだろうし、実際本書の内容はかなりマニアックである。この分野になじみのない読者に本書を手にとっていただくために著者からもう一言だけ付け加えるとすれば、それは戦後という時代のとらえなおしとして近年の話題作と通じる主題を扱っている点があることかなと思う。たとえば、小熊英二氏は自著『<民主>と<愛国>』の紹介文を「私たちは「戦後」を知らない」と題し、現在の論客たちがいかに自分勝手な戦後像に基づいて日本社会のあり方を論じているか、批判している(新曜社ホームページ)。そう、敗戦から60年経ち、高度経済成長あたりまでの時期は、すでに記憶としてはおぼつかなくなった昔なのかもしれない。しかし、現在の日本(北海道)社会を規定している様々な構造が形作られたのもその時期である。1963年生まれの著者も実は戦後を知らない。ただ、自分が生まれ育った環境がどのような経緯で形成されてきたのかを知りたいという個人的動機も執筆を後押しした。戦後史の追跡作業を読者にも共有していただきたいし、合わせてその時代が現在につながっていることを読み取っていただければ幸いである。

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戦後期アイヌ民族−和人関係史序説
1940年代後半から1960年代後半まで

東村岳史 著
ISBN4-88303-180-2 3600円+税
三元社

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