2005.08.08.up


  『戦ふ朝鮮』復刻に当たって
     
宮田浩人(元朝日新聞記者)


 『戦ふ朝鮮』は、60年前の1945年6月20日付けで朝日新聞社が発行した写真報道集である。太平洋戦争で日本が連合国に屈し、昭和天皇裕仁がいわゆる「玉音放送」でポツダム宣言受諾・降伏を公にした同年8月15日の僅か2ヵ月弱前の駆け込み出版物である。今では古書店でも手に入らないが、戦時統制下とはいえ新聞社が大政翼賛体制に如何に関わったかを示す日本ジャーナリズム史の一つの証例である。

 明治維新から昭和の敗戦までの大日本帝国の歩みは、朝鮮半島の支配権を争う日清、日露戦争、その勝利で得た朝鮮を足掛かりとした大陸侵攻の「満州事変」、「支那事変」、そして「大東亜共栄圏」建設名目での「大東亜戦争」突入と敗北。日本の近代史は、朝鮮支配を軸にした天皇制軍国主義による侵略と戦争、そして敗北の歴史だった。

 その朝鮮植民地支配の総括と清算を、日本政府は一貫し怠避している。それだけに『戦ふ朝鮮』は、出版の意図は別として、侵略戦争史の原点である朝鮮植民地支配の終末状況を記録した歴史資料の一つと言える。むろん中身は天皇の名代として朝鮮に君臨した朝鮮総督府の支配者の視点に立ったもので、総督府施策の成果を喧伝する模範現場や提供写真で埋められ、強制連行や従軍慰安婦など朝鮮人の苦難に満ちた日帝支配の実相は伝えていない。しかし、注意深く見ると、朝鮮総督府が如何に総力あげて朝鮮の人的、物的資源を狩り集め、戦争に投入したか、根こそぎの植民地収奪の一端を窺い知る事ができる。そしてまた、朝鮮の南北分断が依然続く現在、南の農業と北の鉱工業があってはじめて一つの自立経済圏をなしていた統一朝鮮の時代を記録した数少ない資料でもある。

 2002年9月、日本の首相として初めて朝鮮民主主義人民共和国を訪問した小泉純一郎首相が金正日労働党総書記との間で交わした平壌宣言で日本側は、「過去の植民地支配によって、朝鮮の人々に多大の損害と苦痛を与えたという歴史の事実を謙虚に受け止め、痛切な反省と心からのお詫びの気持ち」を文書で表明した。だが、小泉訪朝後の日本社会は「拉致問題」一色である。とりわけ世論の代弁者を自認するマスメディアは巧妙な情報操作に踊らされ、出所不明の怪しげな「北朝鮮情報」流しに狂騒、日本人の新たな朝鮮蔑視観醸成の役を率先して演じ、平壌宣言に盛られた歴史反省の努力は微塵も見られない。

 2005年の今年は、日本流に言えば日露戦争勝利100周年であり、「終戦」60周年である。また、日韓条約締結40周年にも当たり、政府は「日韓友好の年」と位置づけ、メディアは韓流ブームに浮いている。

 だが、南北を問わず朝鮮側から見れば、日露戦に勝利した大日本帝国に外交自主権を奪われ実質植民地化された屈辱の乙巳保護条約(第2次日韓協約)から100年。日本の敗戦・日帝支配からの解放60周年。そして植民地支配の賠償を経済協力にすり替えられた韓日条約締結から40年になる。

 日帝時代最大の抗日民衆蜂起であった三・一独立運動(1919年)86周年の今年3月1日の記念式典演説で、盧武鉉韓国大統領は日韓関係に触れ、両国関係発展のためには「過去の真実究明への日本政府と日本国民の真摯な努力と反省、心からの謝罪、必要ならば賠償」が必要であると語った。歴史責任を曖昧にしたままの現在の狎れ合い日韓関係との訣別の覚悟を秘めた宣言であった。

 この演説を日本政府は「国内向けだろう」と冷評し、マスメディアは社説や解説等で足並みを揃えて不快感を露にした。読者の判断材料となる演説の全文を掲載した新聞は一紙も無く、盧演説を正面から受け止める姿勢は皆無だった。歴史認識を欠いたこのような日本側の対応が、その後の島根県議会での「竹島の日」条例制定や歴史教科書検定問題で、韓国政府・国民の強い反発を呼び、政府間関係緊張の事態を招いた。当然であろう。

 盧韓国大統領の懸念を待つまでもない。現在の日本は、歴史への無知と歪曲、厚顔無恥が公然と罷り通る危険水域に踏み込んでいる。日の丸・君が代の教育現場での強制と制裁、憲法九条に反し詭弁を弄しての自衛隊のイラク派兵、靖国神社への首相参拝、閣僚放言の頻発等々。『戦ふ朝鮮』の時代は終わっていない。むしろ、あの時代への回帰志向が主流をなしてきた観さえある。

 『戦ふ朝鮮』に掲載された写真と文章は、言論統制下とはいえ、朝日新聞社が日本の植民地支配を肯定美化した動かぬ証拠である。と同時に、言論統制が無くとも容易に時流迎合に走る、言論報道機関の体質への時代を越えた警鐘でもある。

 この復刻が、日本のジャーナリズム自らが植民地報道の責任と現在に至る歴史認識を問い直すよすがとなり、若い世代が過去の日本と朝鮮の関係を理解する一助になれば、望外の喜びである。

新幹社新刊 9月上旬刊行予定
戦ふ朝鮮           
宮田浩人/解説
本体価格3500円+税
A4判上製
ISBN 4-88400-053-6 C3021


植民地支配の責任を考えるNR出版会の本

『韓国 近い昔の旅』
凱風社 神谷丹路 ¥1,900+税

『台湾 近い昔の旅〈台北編〉』
凱風社 又吉盛清 ¥2,330+税

『シンガポール 近い昔の旅』
凱風社 シンガポール・ヘリテージ・ソサエティ ¥2,000+税

『妻たちの強制連行』
風媒社 林えいだい ¥1,825+税

『戦時下花嫁の見た「外地」』
インパクト出版会 深田妙 ¥2,000+税

『ソウル 日帝下の遺跡を歩く』
柘植書房新社 中村欽哉 ¥2,000+税

『ある日本兵の二つの戦場』
社会評論社 内海愛子・石田米子・加藤修弘/編 ¥2,800+税


 

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