2010.06.30.up 


NR出版会40周年記念連載 書店の店頭から1
等身大の街の書店として
今井滋夫さん(ブックス高田馬場/東京都新宿区)


NR出版会は二〇〇九年八月、創立四〇周年を迎えました。一九六九年に「社歴五年以下、従業員一〇名以下」の小出版社八社が集まり、「NRの会」としてスタート。爾来、四〇年にわたって活動を継続することができたのは、ひとえに読者との架け橋となってくださった書店のみなさまのお力添えがあったからこそです。今月号からの一面特集では、四〇周年を記念し、NRとご縁の深い書店員の方々にご登場いただく連載企画を開始します。第一弾はブックス高田馬場の今井さんです。


 かつて、一九八〇年代にNR出版会(当時はNR出版協同組合)が季刊誌『えぬ・あーる』を発行していたころ、今井さんに「NR全点常備のふつうの本屋」(一九八七年九月号)をご寄稿いただきました。今から二十数年前、ブックス高田馬場のオープン直後のことでしたが、そもそも今井さんが書店を始めようと決意されたきっかけを教えてください。

今井 東京の区立図書館で一〇年ほど働いていましたが、図書館外への異動の圧力が高まってきて、それならば独立して、好きな本を集めた本屋を始めるのもひとつの選択肢かな、と思うようになりました。当時、図書館ではコンピュータの導入が始まりましたが、利用者の読書記録、プライバシー保護の観点から問題で、また、図書館間のシステム化が進むと中央集権化され、国家による思想管理の具にされてしまうのではないかとの危惧がありました。国立国会図書館が中心となっての日本の出版物へのISBN(国際標準図書番号)導入は、その極めつけだといわれていました。今ではほとんどの商業出版物に表示されている図書コードですが、本の総背番号制だということで、出版界で広く反対運動が起こりました。この反対運動のなかでNR、流対協の方々とお会いすることとなりました。そして、NR加盟各社のご支援を受けて、社会問題、第三世界情勢に力を入れた書店を二〇坪ほどでスタートさせていただきました。

 アジアや第三世界への興味はどのあたりから出てきたんですか。個人的な体験などを少し教えてください。

今井 昔は、アジアだけでなく世界中に行きました。公務員時代には国際的な図書館大会にも行ったりしました。世界二十数カ国に行きましたね。アジアの動きが活発な時期でしたから、その方面の本を専門的に置いてみたいという気持ちがありました。
 具体的に言うと、七〇年代以降、日本の反体制運動が停滞する一方で、アジア各国では韓国の民主化運動の高まりなどがあり、開店直前の八六年にはフィリピンのマルコス独裁政権が倒れました。そんななかで、第三世界、アジアの息吹きを伝える書店をやりたい、と。まだ大型店が多くない時代でしたから、この分野に限っていえばかなりの品ぞろえの店ができました。月替わりのブックフェアもやりました。
 いちばんやりがいがあったのは、香港の雑誌を扱ったことですね。八九年に天安門事件が起こったとき、事件を伝える香港の雑誌が飛ぶように売れました。日本一売った書店だと思います。当時、高田馬場には日本語学校が多くあり、中国からの留学生がたくさん来ていて、情報を切実に求めていたんです。そういう情報交換が可能な場としての本屋を作りたかったのですが、今ではインターネットが普及し、情報の流れが変わりました。海外の本を買うにもインターネットで発注すれば安く手に入れることができる。本屋が存在する意味が見えなくなりつつある時代です。

 インターネットの発展はすさまじいですし、電子端末の出現などにより、紙媒体の出版が成り立たな
くなるのでは、と危惧する声すらあるのは事実です。書店も出版社も、まさに岐路に立たされている時代であることは残念ながら間違いありません。

今井 本がなくなるとは思いませんが、主流はどちらになるかということでしょうね。書店に関して言えば、街の本屋がなくなると騒がれたのは昔の話、今は大型書店が生き残るのに必死な時代です。学生街である高田馬場早稲田間には昔は本屋がたくさんあったのですが、今ではすっかりなくなりました。高田馬場で個人経営の書店は、とうとううちだけになりました。
 それにしても、本が売れなくなりましたね。中身の軽い本が多くなってきたからではないでしょうか。作り手の側に、軽いノリのほうが売れるという誤解があるのではないでしょうか。こういう時代だからこそ、腰のすわった、視点と中身がしっかりした本が求められている。今こそラディカリズムの復権を、と言いたいですね。六〇年代末、吸い込まれるようにして本を読む、今まで見えなかったものが見えてくる、そんな時代が確かにあったのですから。

 全共闘運動華やかしき時代からすでに四〇年が経ちましたが、NR加盟各社はみな、昔と変わらず少人数でやっていて、だからこそ大手には出せない、小零細出版ならではのラディカルな視点で本を作ろうと頑張っています。一冊一冊、世の中に爆弾を投げる思いで(笑)。時代の変化のなかでかたちを変えながらも、NR創立当時の魂はしっかりと受け継がれているのではないかと思っています。そして、街の書店さんは、日々の生活圏のなかで一冊の本との思いがけない出会いが得られる貴重な空間として、まだまだ有機的に機能しうる存在だと信じています。

今井 うちの店は専門書店ではなく、あくまで街の本屋という思いでやってきました。周りの人に協力してもらってきたので、何とか生き延びなければ、と格闘しているうちに二十数年が経ってしまった。やりたいことも多かったけれど、気がついたら歳をとってしまった。結局、今では雑誌とコミック中心の店になってしまいました。それでも、まあ、小さいながらも等身大の書店としてやっていきたいと思っています。

インタビュー:安喜(新泉社)+天摩(事務局)


出版業界をとりまく状況は厳しさを増す一方ですが、書店のみなさまのお力添えのもと、NRは40周年を迎えることができました。これを機に、いま一度NRの原点、出版の原点を見つめ直したいという思いで今月号から連載企画を開始しました。ぜひご一読くださり、ご意見やご感想をお寄せいただけるとたいへん幸いです。お待ちしております。(事務局・天摩くらら)

(「NR出版会新刊重版情報」2009年10月号掲載)

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